第8章 救世主の魔法使い
「ねぇ、お兄さん」
「何?」
「服ボロボロになってるけどいいの?」
「いいのいいの。また魔法で直すからね」
「ふぅん……」
この時は不思議に思わなかったのだが、あとになってよくよく考えれば、そのお兄さんの格好は、いかにも怪しかったのだ。紫のマントに曲がりくねった靴。怪しい人にはついて行ってはダメだとあんなに親に言われていたのに、なぜか僕は、このお兄さんのことを怪しいと思わなかったのだ。
その理由は、ずっとあとになって知るのだけれども。
そうしてお兄さんについて行き、かろうじて獣道まで出た時、お兄さんは静かに話し始めた。
「大蜘蛛の怒りを鎮めにいかないとね」お兄さんがようやく目的地を話し始めた。「今から大蜘蛛の社に行く。そこでキミが大蜘蛛に謝りに行くんだ」
「僕、何もしてないよ」
僕は本当のことを言った。大蜘蛛の社に近付いたのは本当のことなのだが、そこで何か壊したとかではない。ただ、中身を覗いただけだ。
「それは分かってる。だが、山火事を起こしたのは人間だからね」
「そうなの?」
「そう。だから、誰かがやらなくちゃいけない」
「怒りを鎮めることを?」
「そゆこと」
それ以上はお兄さんはもう語らなかった。何か質問しても、急がなくてはとか、足元気をつけてとしか言わなかったからだ。
だから僕は何度もお兄さんの言葉を頭の中で繰り返し考えたが、それ以上のことは何も分からなかった。どうやって大蜘蛛の怒りを鎮めるのかとか、そもそも幻の大蜘蛛の社をどうやって見つけるのか、とか。
そうして山の中を延々かのように登り続け、お兄さんの紫のマントが枝などに引っ掛かってだいぶ擦り切れ始めてるな、なんてどうでもいいことを考えていた頃、目の前のお兄さんが急に足を止めた。
「ここだ」
とお兄さんが見つめる先には断崖絶壁の小さく開けたところ。しかしそこには、草と土と小石が転がっているくらいで、何も見当たらなかった。
「ここは……?」
僕は訊ねた。お兄さんはくるりとこちらを向いて答えた。
「ここが、大蜘蛛の社があった場所だ」