第17章 新生活 × 念
名前を呼んてもらえて本当なら嬉しいはずなのに、今は恐怖でしかない。振り返りもせずサクラは店を出る。
出た瞬間に例のゼリーを口に放り込み、そして走り出した。あのイルミだ、逃げ切れるなんて思ってない。
でも今はまだ会いたくない。何から話したらいいかわからない。逃げるなんてもっとややこしくなるのもわかってる。
だけど今は逃げるしかない。
「どこに行くの?」
『!!』
耳元で彼の声が聞こえて、右手を掴まれた。
ギリッ
『痛っ!』
「サクラ、なんで逃げるの?傷つくなぁ」
『……っ』
「ねぇ聞こえてる?」
『………』
(このままじゃ間違いなく殺される…!)
サクラはようやくイルミの顔を見たが一緒にいた時のようなイルミはもういなかった。完全な暗殺者の顔をしていた。
「元気そうだねサクラ。もっと落ち込んでるかと思った」
『………』
恐怖で言葉が出ない。
「ちょうどよかった。次にサクラに会ったら殺そうと思ってたんだ」
『っ!』
「今ならもう殺せるよ」
イルミの変形した指先がサクラの喉元に当たる。
(イルミ、ごめんっ!)
刹那、イルミのお腹を横蹴りにした。
「!?」
イルミは真横のビルの壁を突き破り、遠くまで吹き飛んで姿が見えなくなる。
(やっ、た!成功!今のうちに…っ)
サクラはジャンプをすると、軽々とビルの屋上まで上がった。そしてビルからビルへと飛び移る。
サクラがカフェを出てすぐに口にしたのは赤いゼリー。脚の筋肉を発達させ、脚力を飛躍的にあげる能力を込めたものだった。
「サクラ…」
かすり傷ひとつない状態で立ち上がったイルミは悩ましげにぼそっと呟き、サクラが逃げていった方向を見つめていた。
ビルの上を渡り歩いて、自宅に着く頃にはゼリーの効果もなくなっていた。
(持続時間もなかなかいい感じ。ただ、疲労が…)
慣れない動きをしたせいで部屋に入った途端に動けなくなってしまった。
「これは負担もすごいなぁ…相当鍛えないと。でもとりあえず無事帰ってこられてよかったぁ…」
言いながらなんとかベッドまでずるずると身体を引きずって辿り着くとに着替えもそこそこにサクラはそのまま眠りについた。