第4章 動乱【土方歳三編】
「では、江戸に戻ったら、綱道さんの事を聞いてみます」
「言っておくが、その件は内密にしてくれ」
「わかりました。誰にも口外しません」
土方さんと八郎お兄さんの会話を聞いていた時。
ちょうど昼の巡察から隊士さんたちが帰ってきたようで、浅葱色の隊服が見える。
その中で一人の隊士さんが、私たちに気付いたらしく足早で近付いてきた。
「おまえはあの時の……何をしに、ここに来た!」
厳しい表情で来たのは武田さんで、厳しい顔つきで八郎お兄さんに詰め寄る。
すると八郎お兄さんは、まるで初めて会った方のように首を傾げながら口を開いた。
「……何を言っているか分かりませんが、あなたとは初めてお会いすると思います」
「……私を愚弄するつもりか?貴様、名を名乗れ!」
「僕は幕府直参旗本、大番士奥詰役、伊庭八郎と申します」
「幕府直参、奥詰……伊庭……あの伊庭道場の……?」
「はい。京に所用があって参りましたので、旧知である試衛館の皆さんへ、挨拶に寄ったところです」
「……挨拶などと嘘をつくな!先日のことを告げに来たのだろう!」
武田さんは余程、あの時の事を根に持っているのだろう。
眉間に皺を寄せながら、厳しい表情をして八郎お兄さんを怒鳴りつける。
八郎お兄さんは武田さんの言葉に、少しだけ厳しい表情をした。
何時もの優しい表情は、今は何処にもなくて、私は八郎お兄さんと武田さんをただ交互に見る事しか出来ない。
「……あくまで、挨拶に来ただけです。それとも……【先日のこと】とやらを思い出した方がいいでしょうか?」
「……くっ」
八郎お兄さんの言葉に、武田さんは言葉を詰めながら半信半疑のようだったが直に目を伏せた。
「それは……あなたがそう言うなら、それでいいでしょう。私は失礼する!」
さっきとは打って変わって、武田さんは感情を殺すように無理矢理敬語を使ってから、荒々しく踵を返して立ち去ってしまった。
冷や冷やしてしまったし、千鶴も驚いた表情をしていたが大事にならなかった事にほっとした。
「……トシさん。今の方は?」
「五番組組長の武田観柳斎だ。先日の茶屋の話は雪村妹の方から聞いてる。悪かったな、おまえに迷惑はかけねえようにする」
「僕は大丈夫ですが……。千尋ちゃんの方を気に掛けてあげてください。一緒にいたのがばれたら大変そうです」