第17章 亀裂の響き【沖田総司編】
もしかしたら、千鶴が物を落としたのかもしれない。
でもそれだけであんなに激しい音がするのだろうか、そう思いながら起き上がれば、隣の部屋から声が聞こえた。
「血……血を、寄越せ……」
「…え?」
「ひひひひ!血を寄越せえっ!」
「……千鶴!」
男の物騒な言葉に私は刀を手にすると急いで部屋を飛び出した。
そして隣の部屋へと向かえば、ふすまは蹴破られていて、それを見ていれば中から何かを切り裂いたような音と共に血の匂いがした。
「……きゃああっ!」
「っ、千鶴!!」
部屋に入った時、目の前には白髪の男が血に濡れた刀を握っていた。
すぐに、羅刹だと気付きながも、畳には血溜まりが出来ているのをの見た瞬間目眩を感じる。
吐き気がする、息が苦しい。
そう思いながら私の視界に入ったのは、二の腕辺りを切られ血を流し、目に涙を浮かべて壁側に座り込んだ千鶴の姿だった。
「千鶴!」
「千尋……!」
「血、血だぁ……。その血をもっと、俺に寄越せえぇ……」
私は慌てて千鶴に駆け寄ると、彼女を背中で庇いながら柄に手をかけた。
目の前にいる羅刹の男は我を忘れながら、刀身に付着している千鶴の血を舐めまわしている。
「はっ……はっ……」
血の匂いに目眩が加速する。
だけど、千鶴を守らなければと刀をゆっくりと引き抜いた時だ。
羅刹の男はゆっくりとした足取りで、私との間合いを徐々に詰めていた。
「千尋、血を見たら駄目っ!」
「そんなこと、気にしてる場合じゃない……!」
私は震える身体を叱責しながら、ゆっくりと立ち上がった。
人を斬るなんてしたことが無い、正直言えばしたくないけれども、そんな事で迷っていれば殺される。
なんとか、千鶴を守らなければ。
刀を抜ききる前に今朝の沖田さんの言葉が、急に思い浮かんだ。
『妙な遠慮はやめときなよ。頼るべきときは、頼ればいいんだからさ』
頼った方がいいかもしれない。
自分でなんとかしなきゃと、軽率な事をしてしまえば千鶴を危険に晒すかもしれないのだから。
「っ……誰かーー、誰か来てください!!」
叫んだ瞬間、私の言葉を遮るように羅刹の男の笑い声が聞こえた。
「ひゃはははははははは!血ぃ!血だぁっ!!」
私の叫んだ声なんて気にした様子もなく、羅刹は畳に這いつくばると、千鶴の流した血を啜り始めていた。