第16章 暗闇の音【沖田総司編】
蒸し返すような暑さも次第に遠ざかり始めた頃。
「よいしょ、っと……」
「ふう……」
私と千鶴は、広間の雑巾がけをしていた。
西本願寺はとにかく広いため、床を磨くだけでもかなりの仕事である。
だけど、綺麗な屯所の方が隊士の方々も隊務に身が入るはず。
そう思いながら床を磨いている時であった。
「千鶴君、ここにいたんだね」
「井上さん。私に何かご用ですか?」
「ああ。君宛てに手紙が届いていたから、渡しにきたんだ」
井上さんはそう言いながら、懐から一通の文を千鶴に差し出した。
「確かに渡したからね。それじゃ」
「はい、ありがとうございます」
千鶴に手紙を差し出すと、井上さんは広間をあとにした。
「千鶴、誰からの手紙?」
「誰だろう……【梅】とだけ書いてあるけど」
「梅……?」
「梅……梅って……まさか!」
「誰か、心当たりあるの?」
「ほら、坂本さんと初めて会った時に彼、【才谷梅太郎】って名乗ってたじゃない!」
「あ、ああ……そういえば」
ということは、坂本さんから千鶴への手紙ということになる。
一体どうしたのだろうかと思いながらも、手紙を広げる千鶴の様子を見つめた。
「……父の情報、ってーー」
「え?」
「坂本さんが、父様の情報があるから会えないかって」
「父様の情報を……!?」
「ひ、ひとまず土方さんたちに相談しなきゃ……。私、土方さん達を呼んでくる!」
そうして、千鶴は土方さん達を呼んで、広間には幹部の方々が勢揃いした。
「成る程……。あの野郎、綱道さんの行方を掴んだってわけか」
「まだ結論を出すのは早計かと。雪村姉をおびき出す為の罠かもしれません」
「その公算は高いだろうな。油断も隙もありゃしねえ男だし。できれば、あいつから薩長の動きについて聞き出してえんだが……素直に喋るたまでもねえか。いいぜ。坂本に会って、綱道さんの情報とやらを聞き出してこい」
「……ありがとうございます。千尋はどうする?一緒に来る?」
その問いに私は渋い顔をした。
行きたいのは山々だけれど、恐らく坂本さんは【千鶴】に会いたいのだろう。
私がいたら私は坂本さんはどうしても警戒してしまうから、ちゃんと話してくれるかどうかも分からない。
「行きたいのは山々だけど……私がいたら、話にならないかもしれないから」