第16章 暗闇の音【沖田総司編】
「外様藩の中で一番力がある薩摩と、長州征伐を控えてぴりぴりしてる長州が怪しげな行動を見せてやがる、か……。ろくでもねえことを企んでいるのは、間違いなさそうだな」
「何にせよ、俺たちの縄張りで好き勝手な真似させるわけにゃいかねえだろ。さっさと、とっ捕まえようぜ」
「いや、会津公は【坂本には手を出すな】と仰せだ。公のご意向を無視して、勝手な行動を取るわけにはいかん」
「……俺たちがやらなくても、伏見奉行所や見廻組の連中が既に動いてるしな」
土方さんの放つ言葉に、永倉さんが眉を寄せて声を少しだけ荒らげた。
「何だそりゃ!目の前で手柄をかっさらわれるのを、指咥えて見てろってのか!?」
「彼らは恐らく、坂本が山内公や松平春嶽公、勝殿こ後ろ盾を得ているのを知らんのだろう」
「俺たちが坂本といざこざを起こしちまえば、土佐と会津の間で、また面倒な騒ぎが起こるかもしれねえ。会津も、それだけは避けてえと思ってる筈だ」
土方さんの言葉で、二年前に起きた明保野亭事件を思い出した。
あの時、会津藩と土佐藩は一触即発状態となっていて
両藩がそれぞれ藩士を切腹させて、それでようやく事態は収まったのだ。
新選組としては、今回の件でまたあのような事件の二の舞にしてはならないと思っているに違いない。
「……ひとまず、奴らが坂本を捕まえる前に俺たちが奴を助け出して保護するってのが、新選組の方針だ。そうすりゃ、坂本に貸しも作れるし、会津公の面目も立つ。交換条件として、薩摩と長州が何を企んでやがるのか坂本から聞き出せりゃ、言うことはねえ」
「……なるほど。そりゃ、悪くねえ解決策だな」
「本当、悪知恵だけは働きますよね、土方さんって」
沖田さんはいつものように、土方さんに嫌味を言うけれど、土方さんは意に介さない様子で何故か千鶴へと視線を向けていた。
「雪村姉、おまえにも協力してもらうぞ」
「私ーーですか?」
「千鶴をですか……?」
「ああ。奴は、俺たちが何を言ったところで信用しねえだろうが、雪村姉の言うことなら耳を貸すかもしれねえ。坂本は雪村妹よりも姉の方に興味があるみたいだしな。雪村妹は坂本も警戒してるから、お前の言うことは聞くかどうか分からねえ」
土方さんの言葉に私は何も言えなかった。
坂本さんは、千鶴を気に入っている素振りを見せてはいた。