第16章 暗闇の音【沖田総司編】
頭の芯が揺らぐような感じがして、私はその場からただただ動けなかった。
そんな時ーー。
「千尋ちゃん」
「……っ!?」
不意に名前を呼ばれ、立ちすくむ。
(沖田さん、私がここにいること……気が付いてた?)
目を見開かせながら、立ちすくんでいればまた声をかけられた。
「……千尋ちゃん、出ておいで。もういいから」
底知れぬ瞳が、こちらを真っ直ぐに見つめていた。
やっぱり沖田さんは、私がここにいたことに気が付いてたらしい。
隠れたってしょうがない。
私はゆっくりと足を動かして、彼の前に進み出る。
「はい、こっちこっち。おいで」
沖田さんは縁台に腰掛けたまま微笑み、自分の隣をぽんぽんと叩いた。
(沖田さんと目を合わせるのが……辛い)
私は彼と目を合わせないまま、沖田さんの前で足を止めた。
「……お邪魔、します……」
庭の地面に視線を落としたまま、沖田さんの隣に腰を下ろす。
それからは沈黙が流れた。
酷く気まずく、苦しい沈黙が流れていく。
その沈黙に耐えかねて、私はゆっくりと口を開いた。
「あの……沖田さん」
「さっきの松本先生の話だけど……まさか、本気にしてないよね?」
機先を制するように言われ、私は続ける言葉を見失った。
「あの先生、悪い冗談が好きみたいだね。こんな健康な病人がいる筈ないのに。でも冗談なら冗談で、言う場所を選んでほしかったなあ。ここには、こうやって根も葉もない話を本気にするお馬鹿さんがいるんだし」
本当に、冗談なんですかーー。
問い返せることが出来るのならば、そう訊きたかった。
将軍公の御典医を務めていらっしゃるほどの先生が、はっきりと診断を下したのに。
「君、医者の娘なんでしょ?もし僕か本当に労咳だったら、もっと早くに気が付いてた筈だよね。君が今まで何とも思わなかったんだから、病気じゃないんだよ。ただの誤診」
沖田さんの今の心情を考えると、彼の言葉を否定することが出来ない。
「……誰にも、言わないよね?」
その言葉に私は何も答えない。
「もし誰かに言うつもりなら……、やっぱり、斬らなくちゃならないかな」
彼のこの冗談めかした言葉は、今まで何度も聞いてきた。
邪魔をすれば斬る、役に立たなくなるのなら斬る。
その度に、千鶴を守らなきゃと警戒していた。