第16章 暗闇の音【沖田総司編】
「お、中岡、どうした?」
「どうしたとこうしたもーー、寺田屋のお登勢さんから、おまんが新選組こ屯所に出かけたち聞いて、慌てて追いかけてきたがよ!おまん、一体何を考えちょうがな!下手したら、死んじょったかも知れんがぞ!もっと自分の立場を自覚せえ!」
「まあ、とりあえず殺されんと済んだがやし、えいやいか」
坂本さんと中岡さんのやり取りを見ていた土方さんが、警戒心を露骨に表しながら尋ねる。
「何だ?てめえ、坂本の知り合いか」
中岡さんはその問いに答えようとはせず、殺気がこもった視線で土方さんを睨み返している。
だが土方さんは、動揺する様子は見せない。
「今日は、横槍入っちまったが……次に町内でこいつを見かけたら、容赦なく斬り捨てる」
「何やと……?」
二人の視線がぶつかり合い、言いようもない緊張感が辺りに漂い、私は息を飲んだ。
やがて中岡さんの視線が、私と千鶴へと移った。
「……おまん達、新選組のモンやったがか。随分と手の込んだことしてくれるやいか。坂本に近付いたがは、こっちの動きを探る為かえ」
「それは……」
半分正解と言ったところかもしれない。
だから、どう答えるべきかと悩んでいると坂本さんが口を挟む。
「中岡、そこまでにしいや。帰るき」
「けんど……!」
「俺は、こんな小娘たちにしてやられるような男やないき。知っちゅうろう」
坂本さんはそう言うと中岡さんの腕を取り、足早に歩いていく。
去り際、彼は千鶴の方へと視線を向けていた。
その瞳は、最初に会った時に千鶴に向けていた悪戯好きの少年のような光を持っていた。
そんな瞳をしている坂本さんに私は眉を寄せる。
「……千鶴、厄介そうな人に気に入られたね」
「え?」
私の言葉に千鶴はキョトンとする。
そして彼らの姿が見えなくなった頃、土方さんが苛立ちが募ったような声で言った。
「ったく、とことんきにいらねえ野郎だ。塩でも撒いとけ!」
彼はそう吐き捨てた後、忌々しそうに建物の中へと戻ってしまった。
「本当に塩、撒いておこうかな」
「千尋!?」
「冗談だよ」
千鶴の驚いた顔に少しだけ笑いながら、私達も建物中へと入るのだった。