第16章 暗闇の音【沖田総司編】
私は目を見開かせたまま、歩いて行ってしまった沖田さんの後ろ姿を見送った。
「……心臓に悪いこと、言わないでほしい……」
そう呟いてから、私は頭を被せられた洗濯物を取ってからその場にしゃがみこむのだった。
そして夕方頃。
私は裁縫をしているという千鶴を手伝う為、彼女の部屋へと向かっていた。
「千鶴。私だけど、入っても大丈夫?」
「千尋?大丈夫だよ」
中からの声を聞いてから、私は襖を開けた。
「裁縫手伝うよ」
「ありがとう。じゃあ、これをお願いしてもいい?」
「うん」
千鶴の隣に腰掛けてから、裁縫を始めようとした時だった。
「雪村君、ちょっといいかね?」
障子戸の向こうから、焦った様子の井上さんの声が聞こえてきた。
その声に私と千鶴は顔を見合わせる。
「はい、何でしょう?」
「ああ、千尋君もいたんだね。すぐに、二人とも私と一緒に来てくれ。大変なんだ」
「大変って……何かあったんですか?」
「何でも、坂本という男が屯所に乗り込んできて、君たちに合わせろと言っているんだよ」
「「ええっーー!?」」
井上さんに連れられて、私たちは大急ぎで広間へと向かうとーー。
「女を使こおて人のことコソコソ嗅ぎ回ろうなんて、姑息なやり方をしてくれるやないか。それが新選組のやり方かえ?」
広間から聞こえてくる声は、知っている声。
私が驚いていると、千鶴が慌てて襖を開けて広間へと飛び込んだ。
「あのっ、坂本さん……!」
千鶴が声をかけると、坂本さんは笑顔でこちらを振り返った。
「お、千鶴、千尋。手紙を貰とたら、待ちきれんようになって飛んできたぜよ。こいつらの差し金やなかったら、もうちっくと素直に喜べたけんど……それは贅沢ちゅうもんやろうか」
「坂本さん、なんでここに……!?」
「聞いちょったろう?俺のことを調べるのにおまん達を利用しよったがは見え見えやったき、手間を省いちゃろうと思おて」
新選組側の思惑を見透かした上での大胆不敵な行動。
そんな彼に私と千鶴は開いた口が塞がらなかった。
やがて坂本さんは、土方さんや他の隊士さん方を眺めるように見回してから告げた。
「今更、自己紹介する必要もないと思うけんど……俺は土佐脱藩浪人、坂本龍馬ぜよ。けんど、おまんら新選組に身辺を嗅ぎ回られる筋合いはないき」