第16章 暗闇の音【沖田総司編】
でも、何から聞くべきなのかわからない。
ちらりと横にいる千鶴を見れば、彼女も何か悩んでいるような表情を浮かべていた。
すると千鶴はゆっくりと口を開いて、山南さんに問う。
「それを使えば……、大丈夫なんですか?その薬なら、飲んでも狂わずに済むんですか……?」
「まだ、わかりません。……誰にも試していないものですから」
「誰にも……」
やがて山南さんの表情からは笑みが消えた。
「ですが、飲めば私の腕は治ります。【薬】の調合が成功さえしていれば、ね」
「山南さん。それを、その【薬】を飲むつもりなんですか?」
話を聞くかぎり、成功している保証なんてどこにもない。
もし彼が失敗してしまえば、山南さんはあの時の白髪の隊士の方のように狂ってしまうかもしれないのだ。
「山南さん、考え直してください。その【薬】に頼らなくても他にも方法があるのでは……」
「こんなものにでも頼らなければ、私の腕は治らないのですよ!私は最早、用済みとなった人間です。普通の隊士まで陰口を叩いているのは、知っています。貴方たちには、わからないでしょうね」
「山南さん……」
「大いなる志を持って、同志と共に江戸から上ってしたというのに……何の役にも立てぬまま、お情けで重職を与えられている私の気持ちなど」
山南さんの言葉には怒りと悔しが滲み出ていた。
「お情けだなんて、そんな……!」
「そんなことありません!皆さん方も言っていたじゃありませんか。山南さんは、新選組にとって必要な方だって……!」
私と千鶴の言葉に、山南さんは何処が寂しげな笑みを浮かべながら答える。
「ええ、よく覚えていますよ。……私は、剣客としてもこの新選組に必要なのですよね」
土方さんが口にしていた言葉を、山南さんは皮肉めいた声色で紡いだ。
「ーー剣客として死に、ただ生きた屍になれと言うのであれば。人としても、死なせてください」
「そんなっ……!」
「失敗すると決まったわけではありません。そう分の悪い賭けではありませんよ」
「ですが、成功すると決まった訳ではないのでしょう……!?」
もし失敗すれば、彼はあの時の隊士の方たちのように狂うかもしれない。
だがきっと山南さんは、新選組の方々と共に戦えない自分が許せないのだろう。
たとえ仲間が許してくれようとも、他ならぬ山南さん自身が許せないのだろう。