第16章 暗闇の音【沖田総司編】
彼は意味深に言うと、手の中にある物を見せてくれた。
山南さんが手にしていたのは、赤黒い液体が入っているびいどろでできた小瓶。
「これは君たちの父親である綱道さんが、幕府の密旨を受けて作った【薬】です」
「父が――?」
「幕府の密旨……?」
深紅の水薬を見つめながら、私と千鶴は戸惑った表情を浮かべた。
「元々、西洋から渡来したものだそうですよ。人体に劇的な変化をもたらす、秘薬としてね」
「……劇的な変化、というのは?」
「単純な表現をすると、筋力や自己治癒力の増強でしょうか」
「筋力と自己治癒力の増加……」
私は瞬きをしながら、山南さんの手元にある小瓶を見つめる。
「……しかし、この薬には致命的な欠陥がありました」
「欠陥ですか……?」
「ええ。強すぎる薬の効能が、人の精神をくるわすに至ったのです。薬を飲んだ人間がどうなったか……。その姿は、君たちも目にしたのとがありますね?」
「っ……!まさか……」
山南さんの言葉で、私はとあるものを思い出した。
あの日の夜、京に来た晩に私と千鶴が見てしまったもの。
沖田さんと斎藤さんが斬り伏せた、白髪の血に狂った化け物……。
「君たちは、察しがいいですね。……そう、あの時の隊士たちですよ。薬を与えられた彼らは理性を失い、血に狂う化け物と成り果てました」
ゾクリと背筋が震える感覚が身体を襲う。
「そんな薬、どうして……」
「斬り合いの最中、血が流れるたびに狂っていては、強靭な肉体を手に入れた意味がありません。綱道さんは新選組と言う実験場で、この【薬】の改良を行っていたのですよ」
「そんな……!」
「父様が、そんなことを……!?」
幕府の命令があったとしても、まさか父様がそんな薬に関わっていたなんて……。
信じられなくて、信じたくなくて、私は目を見開かせていた。
けれど、山南さんが嘘をつくとは思えない。
なら、父様は本当に薬に関わっていたということなのかもしれない。
「しかし残念ながら彼は行方不明となり、【薬】の研究は中断されてしまいました。……綱道さんが残した資料を基にして、私なりに手に加えたものが【これ】です」
山南さんは柔らかく微笑むと、手の中にある小瓶を軽く揺らした。
「その原液を、できる限り薄めてあります」
聞きたいことは、本当に沢山ある。