第16章 暗闇の音【沖田総司編】
「何が良かったの?」
「っ!?」
私と千鶴は意外な人の姿を目にして、思わず立ちすくんでしまった。
「お、沖田さん……」
「君達も、大胆だなあ。僕たちの目を盗んで逃げ出そうとするなんて」
「あ、あのっ、沖田さん!これはその……、違うんです!」
千鶴が慌ててそう言うと、沖田さんは目をゆっくりと細めていく。
「一体、何が違うのかな?こんな夜中に人目を盗んで部屋を抜け出すなんて、脱走以外考えられないけど」
「いえ、私達は別に脱走しようとしていたわけじゃなくて……」
どうやって説明しようか。
私は焦りながら視線を彷徨わせていれば、沖田さんが小さく笑ったのが聞こえた。
「……冗談だよ。もし君たちが本当に脱走したら、斬っちゃえばいいだけだし。逃げたところでどうせ、行く宛もないだろうしね」
「……そう、ですね」
ここから逃げ出せば、私と千鶴は父様捜しの協力者を失うだけ。
「何せよ、さっさと部屋に戻りなよ。子供が遊ぶ時間じゃないんだから。君たちだって、あらぬ疑いをかけられて斬られなくないでしょ?」
「……はい」
やっぱり、あの薬を探して調べるなんて無謀だった。
千鶴を止めて大人しくしているべきだったと思っていれば、不意に沖田さんが呟いた。
「……もし怖いものを見たら、すぐに声を上げて助けを呼ぶんだよ」
「え?」
「二人で何とかしようとなんて思わなくてもいいから。……わかった?」
彼の声が不意に真剣味を帯びていたような気がして、私は少しだけ驚いた。
「あの、沖田さん。怖いものというのは……?」
新選組の屯所で、その怖いものというものと出くわすというのだろうか。
そう思っていれば彼は軽く瞬きしてから、お得意の人を食ったような笑みを浮かべた。
「そうだなあ……怖い夢とか、お化けとか。あ、鬼副長なんてのもあるかもね」
「それは確かに、怖そうですね……」
「鬼副長は……怖そうです」
もし、こうして動き回っているのを土方さんに見られたと思うと背筋が凍る。
「私たち、部屋に戻りますね」
「そうそう、おとなしくて寝てるのが賢明だよ。僕は、中庭をもう一回りしてこようかな」
そう言うと、沖田さんは鼻歌を歌いながら歩いて行ってしまった。
彼の姿が見えなくなってから、私は安堵の息を吐き出す。
「ふう……何事もなくて良かった……」
「うん……」