第13章 雪舞う大地で貴方と【土方歳三編】
「他の血が飲めないほど、私の血は美味しいのかもしれませんね。……私は、人と違って鬼ですから」
「……そうかもしれねえな」
穏やかに紡ぐ言葉に、土方さんが多少楽になってきた事が伺える。
それだけで、私の心も穏やかになるのだった……。
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ー明治二年・一月ー
「土方さん、失礼します」
「おう」
部屋に入ると、土方さんは相変わらず書類から目を離さずに返事をする。
そんな彼に私は小さくため息をこぼしながらも、彼の傍へと歩み寄った。
少しぐらい休めばいいのに。
そう思いながら、私は彼の目の前にわざと湯呑みを置いてみた。
「何だこりゃ?俺は、茶なんざ頼んだ覚えはねえぞ」
「はい。頼まれていませんが、勝手に淹れてきました」
にっこりと微笑みながら答える私に、土方さんはじと……と見ていたが直ぐにため息を吐く。
今じゃ睨まれても全然怖くないので、私は微笑むだけである。
「疲れてねえから心配すんな。俺には、机仕事が向いているんだよ」
「身体的には疲れてはいなくても、目は疲れているんじゃないですか?あまり無理すると視力が落ちますよ。というか、土方さんに向かないお仕事はない気がしますけどね」
「あるに決まってんだろ。人前でしゃべるのは面倒だし、腹の探りあいは好きじゃねえ」
「面倒と、好きじゃない……は出来ないとは違う気がしますけどね」
というかそれ、出来ないじゃなくて【自分に向いていない仕事】だと思う。
やろうと思えば、土方さんは両方を簡単にやってのけるような気がした。
「同じだよ、同じ。両方出来ねえから、俺の苦手な役割を肩代わりしてくれてる榎本さんや大鳥さんには、それなりに感謝してるんだぜ」
「でもその代わり、部下の面倒を見る役目は土方さんのご担当なのでしょう?」
「持ちつ持たれずだしな。……長いこと鬼呼ばわりされてたから、どうにも調子が狂っちまう。もう、誰かを怒鳴り散らす理由も、鬼でいる必要もなくなっちまったしな」
そういえば……と思い出す。
京にいた頃はよく、土方さんの怒鳴り声が聞こえていた。
私も何度か怒鳴られたこともあるけれど、今の土方さんはあの頃と想像出来ないほどに優しい。
でも、もしかしたら土方さんさ元々【鬼】じゃなかったのかもしれない。
今の優しい土方さんが本来の彼なのかもしれない。