第12章 欠けていくもの【土方歳三編】
「……わかっていたのか」
土方さんが苦しげに呟けば、山南さんは微笑みながら小さく頷いた。
「自分の身体ですからね」
自分の身体を支え、立ち続けるのも限界だったらしい。
二人はその場に力尽きるように倒れ込み、土方さんは無言で座り込むと彼らの手を取る。
そして、私と千鶴と相馬君も彼らの元に近寄る。
すると山南さんは力無く笑いながら、土方さんに声をかけていた。
「……覚えていますか?土方君。まだ試衛館にいた頃、幾度なく夜を徹して話し合ったことを」
「ああ。近藤さんは、こんな小さな道場の道場主で終わる器じゃねえ。世が世なら、武将にも大名にもなってた人だってな」
「……まさか、我々より先に近藤さんが逝ってしまうとは思いませんでしたがね」
土方さんの瞳は苦痛と悲しみで揺らいでいた。
その瞳を見たのは、何回目なのだろう……。
「……君とは反目することもありましたが、君なしで新選組を作り上げることはできませんでした」
「……そりゃ、あんたも同じだろ?」
なんでもない事のように、土方さんは受け答える。
思い出すように、小さく笑いながら山南さんの手を握るその手に力を込めているように思えた。
「事あるごとに芹沢さんに食ってかかってた俺をいさめてくれたのは、あんたじゃねえか」
強気に振る舞う土方さんだが、本当は泣きたいぐらいに辛いはず。
なのに彼は、こんな時にまで泣こうとはしないのはきっと山南さんと平助君に心配をかけないため。
「オレらは先に逝くけどさ、土方さんはもう少しのんびりしててもいいぜ?新選組ができてから、ろくに休んだこともなかっただろ?」
平助君の優しさの籠った言葉に、土方さんは微かに頷きながら答えた。
「ま、無理かもしれねえけどな。土方さんって短気だし……」
「……生意気なこと言ってんじゃねえよ。おまえに心配されるほど落ちぶれちゃいねえよ」
何時ものように、土方さんが怒ったように言うと平助君は安堵したように目を細める。
「君の進む道は、北にあります」
山南さんが振り絞るように、そう告げた。
「綱道さんは変若水の交換を薄める時、陸奥の水を使ったのだと聞きました……」
「……陸奥」
陸奥は、私たちの故郷である雪村の里がある場所だ。
そういえば、あそこの水は清らかだと父様が言っていたのを思い出す。