第3章 巡察【共通物語】
「はい、ありがとうございました。本当に助かりました」
「お礼を言われるほどのことじゃないですけど……。でも、ありがとうございます。僕、甘い物大好きなんです」
「それはよかった。存分に召し上がってください。それではごゆっくり」
店主の人は何度もお武家さんにお礼を言うと、店の奥へと姿を消した。
そんな姿を見送ったあと、私はお茶を飲み体を温める。
「得しちゃいましたね。羊羹、よかったら半分どうぞ」
「え、いえ!それはお店のご主人が貴方にということですし。あなたが食べてください」
「……そうですね。では、僕がいただいてしまいますね」
彼は丁寧な仕草で羊羹を切ると、一口一口味わい始める。
お侍さんというのは横暴で酷い人が多いと思っていたけれども、この人はどうやら違いようだ。
それにお侍さんは怖いものだと思っていたけれども、羊羹を食べて笑みを浮かべているこの人は、とても怖くはない。
この人はとても優しい人なんだな。
そう思いながら、またお茶を一口飲みながら一息ついていれば、お店のお客さんの言葉が聞こえてきた。
「あのお侍さんが、壬生浪を追い払ってくれたんだって?」
「そうらしいわ。武士の中にも、意外といい人がいるものなのね」
「しかし、役者みたいな美男だなあ。その上、腕も立つなんて……」
好奇の眼差しを向けられ、お武家さんは気まずそうな表情になる。
そしてお茶を飲み終えると、店主の人に声をかけた。
「あの、すみません。僕の分のお勘定はここに置いておきます」
そしてお武家さんは立ち上がると私に少しだけ近づいた。
「それでは、僕はここで失礼します。もう無茶なことはしないようにしてくださいね」
「……あ」
ふと、脳裏である言葉を思い出す。
ほんの小さい頃、誰かに彼の言葉と同じような言葉を言われた事を。
『千尋ちゃん、もう無茶な事はしないようにしてくださいね。君は、女の子なんですから』
あれは誰に言われたのだろう。
そんな事を考えていれば、お武家さんはもうお店を出て行ってしまっていた。
まだ、私はさっきの事のお礼を言えていない事に気が付き、慌てて追いかける。
「あの!待ってください!」
「どうかしましたか?」
「さっきは、本当にありがとうございました。助かりました」
「……別に、お礼を言われる程のことはしていませんよ」