第12章 欠けていくもの【土方歳三編】
「……母成峠」
「味方の兵を仙台に移動する為、猶予を作るおつもりなのでしょうが……」
「母成峠って、今の最前線だよな?……大鳥って人の考えもわからなくはねえけど、時間稼ぎなんて、言うほど簡単じゃねえだろ?」
「確かに、今の新政府軍との戦力差を考えると……」
平助君や相馬君は難しい表情になる。
母成峠は今、平助君の言う通り最前線であり、時間稼ぎというのは確かに簡単じゃなさそう。
だけど大鳥さんはそこで時間稼ぎをする……何か考えがあってのことなのかなと悩むが、戦に関して私は詳しくないから分からなかった。
「大鳥さんたちに生還してもらう為には、母成峠に援軍を出す必要があるな……」
「その案には、賛成できません。我々が勝利をつかむためには、無傷のまま仙台へ辿り着く必要があります」
「それはつまり、会津藩を……今まで我々を庇護してくださった会津公を見捨てるということですか?」
斎藤さんの目が鋭くなる。
そして山南さんもまた、鋭い目を斎藤さんへと向けた。
「……ここで共倒れになってしまっては、元も子もありませんよ」
新選組は会津藩に多大な恩義があると、何回か聞いたことがある。
だからこそ、斎藤さんは会津藩や会津公を見捨てることはできない。
けれど、新選組が勝利するには仙台に無傷のままで新選組を向かわさなくてはいけない。
何を選び、何を捨てるべきか土方さんは静かに悩んでいるようだった。
しばらくして、斎藤さんが何かを決意したような表情を浮かべると顔をあげた。
「ーー俺が、会津に残ります」
「えっ……?」
「……会津に、残るって……」
「上洛したばかりの頃、何の伝手もなかった我々を預かり、後ろ盾となってくださったのは、会津藩です。……会津公の庇護なくして、今の新選組はありませんでした。ですから俺は、最後までここで戦いたい。……母成峠には、俺が向かいます。土方さんたちはこのまま、仙台へ向かってください」
斎藤さんの言葉に、土方さんは静かに目を見開かせる。
驚きが隠せてない彼は、斎藤さんを見つめていた。
「斎藤、おまえーー」
「では、私も出立の準備を整えましょう。善は急げと言いますからね」
山南さんは強引に話をまとめてしまうと、そのまま広間を後にしてしまった。
そんな彼に平助君は困惑していたけれども、ゆっくりと立ち上がる。