第12章 欠けていくもの【土方歳三編】
「土方さん……」
小さく彼を呼べば、土方さんは全てを察したのだろう。
小太刀を抜いた彼は、苦しげに顔を歪めながらも私の背後に立つ。
そしてゆっくりした手つきで、私の着物の襟元をくつろげた。
「っう……」
首筋にピリッとした痛みが走る。
痛みを感じたのと同時に、傷口に熱く僅かに震えた土方さんの舌が這う。
土方さんは少しだけ力を込め、私の身体を抱き寄せた。
その腕の温もり、熱い吐息を感じながらも瞼をゆっくりと下ろす。
(……さっきより、息遣いが穏やかになってる)
その事に安堵する。
何も役に立てない私が唯一、彼の為にできること。
だから、これからも貴方の為ならば私を利用してもいい……そう思いながら彼の腕に手を添えた。
やがて、土方さんはゆっくりと私から身体を離したので彼の方へと振り返った。
そして彼の瞳が僅かに苦悩が滲んでいるのに気が付く。
「……留まり続けるものじゃねえよな」
「え……?」
その言葉にどんな意味が込められているのか分からず、眉間に皺を寄せながら首を傾げていれば、そんな私を見ていた土方さんが苦笑を浮かべた。
「……いつまでも続けられることじゃねえよ。おまえも、俺も、この戦いも、他の全ても、だ」
「……土方さん?」
彼の言葉に、胸騒ぎを覚える。
まるで、終わりを見つめるかのような言葉に私は何も言えずにいた。
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ー慶応四年・八月ー
八月も半ばになった頃には、土方さんの傷も完治していた。
そして会津を舞台に繰り広げられている戦いは、次第に新政府軍の有利に傾いていて、旧幕府軍は追い詰められていた。
そんな、ある夜のこと。
「ーー大鳥さんから伝令が届きました!いわく、【仙台にて再起を賭ける】と」
大広間で、幹部隊士の方々や私に千鶴が話をしている時だった。
島田さんが飛び込んできて、その伝令を伝えると相馬君が小さく頷く素振りを見せる。
「仙台藩というと……【奥羽越列藩同盟】の盟主とされる藩ですね」
つまり、会津や旧幕府軍の味方に位置している藩。
だけど今、最前線である会津は落とされるのも時間の問題と言われている現状。
「でも、会津がいつ落ちるかわからないこの状況でかよ……」
「だからこそ、だろ?分散したまま兵力を削られるよりは、一発逆転に賭けるほうが勝ち目もある」