第12章 欠けていくもの【土方歳三編】
土方さんの血で私の着物も赤黒く汚れていた。
早く手当をしなければと思いながら、土方さんの顔を覗き込めば、彼はしきりに顔を顰めていた。
顔色はもう青白いというよりも、白く感じてしまうほど。
そんな時、部屋の隅に佇んでいた天霧がゆっくりとこちらへと歩み寄ってきた。
「今後、我々鬼の一族は、倒幕勢力から手を引くつもりです」
「そりゃ……、どうしてだ……?」
「我々は、薩摩藩から受けた恩を、もう充分に返したと思っています。……何より、そう遠くないうちに、幕府は滅びます。我々が手を貸さずとも」
彼の言葉に土方さんは苦笑いのようなものを浮かべていた。
「……ああ、そりゃ承知の上だ」
「それでも、沈み行く船にこのまま乗り続けるつもりですか?君たちの作り上げた物を評価せず、最悪の形で裏切り、放り捨てたのが徳川幕府だというのに」
天霧の言葉を聞いた土方さんは、寂しそうな諦めが混じったような笑みを浮かべた。
「……それでも武士ってのは、殿様の為に戦うもんだろ?俺が守りてえのは、今、江戸に蟄居してる慶喜さんでも、江戸城でも、幕府のお偉いさんでもねえ。俺の……、俺たちの心の中にある幕府を、将軍を守る為に生まれた新選組を……、守り抜きてえんだ。重くてしょうがねえ荷物だが……、近藤さんが戻って来る前になくしちまうわけにはいかねえのさ……」
天霧は目を閉じながら、土方さんの言葉を無言で聞いていた。
だがやがて、彼はゆっくりとそして静かに目を開いてから土方さんと私を真っ直ぐに見る。
「……もし風間が今後、君や彼女に関わり続けるのであれば、彼は鬼としての仁義を失うことになる。一族の後ろ盾をなくし……、はぐれ鬼となります」
「はぐれ鬼……」
「おそらく、そう遠くない未来君たちの前に姿を現すと思いますが、それは我々には関わりのないこと。……彼のことは、君たちに任せます」
それだけを言うと天霧は静かにその場から姿を消した。
「ぐっ……」
「土方さん!?土方さん!!」
敵が消えて緊張の糸が切れてしまったのか、土方さんはその場に突っ伏してしまう。
どうやら出血の多さなどもあって気を失ったようだが、安心出来るわけじゃない。
このまま手当をしなければ土方さんは本当に危ない。
何より、この場を早く出なければ二人とも火に焼かれて死んでしまうかもしれないのだ。