第12章 欠けていくもの【土方歳三編】
そう思いながら、土方さん達の会話に耳を傾ける。
かなり無茶を言う土方さんに、幕軍兵の一人が青ざめながら声を震わせた。
「そ、そんな無茶な……!」
まさかこんな無茶とも言える作戦を言いつけられるとは思っていなかったのか、幕軍兵たちは騒然となる。
そんな幕軍兵たちを、土方さんは冷たい目で見下ろしながら言い放った。
「おまえら、ここに何しに来たんだ、戦しに来たんだろう?だったら、死ぬ覚悟ぐらい持ち合わせてるはずじゃねえか。ーー合図をしたら、そこの奴から前に進め!」
土方さんが命令をしながら指さす先には、銃弾がまるで雨のように降り注いでいる。
くぐり抜けれるとは到底思えない状況に、幕軍兵たちは更に青ざめていった。
そしてお互いに顔を見合わせていたが、恐怖が限界に達したのだろう。
「お、俺は……、俺は、嫌だぁあああっ!こんな所で死にたくねえっーー!」
一人の最前列にいた兵が、脱兎のごとく逃げだそうとした。
だが、土方さんは刀を素早く抜くと、逃げ出そうとした幕軍兵の背中を斬りつけたのだ。
「ぐ……、がはっ……!」
刀で切り伏せられた幕軍兵は、絶命してその場に倒れてしまう。
彼の身体からは血がじわりと流れ出し、それを見た他の兵たちは誰もが言葉を失い、静まり返るがすぐにざわつきが起きた。
「お、おい……!味方を斬りやがったぜ……?」
「ど、どういうことだ……!頭がいかれてやがるのか……?」
土方さんは兵たちに振り返ると、冷ややかな表情を見せた。
「他にも、敵前逃亡してえ奴はいるか?怖かったら、逃げてもいいんだぜ。ただし、逃げようとした奴は片っ端からこの刀で斬り捨ててやる。俺に斬り殺されるか、それとも銃弾の雨ん中を突っ切って行くかーー、好きな方を選べ」
土方さんは本気で言っている。
その証拠に、彼の瞳は殺意でぎらついていて、思わず私はその瞳を見て息を飲んでしまった。
もし逃げれば、彼は言葉通りに斬り捨てるだろう。
彼の本気を感じ取った兵たちは、もう血の気を失った表情をした。
「鬼だ……、あの人は鬼だよ……」
陣の中で、誰かがそう呟いた。
(逃げれば斬る……まるで、あの時みたい)
私と千鶴が、初めて京で彼と出会った時に言われたような言葉。
でもその時よりも彼の言葉冷たく感じたのは、京の時と今じゃ状況が違うからなのだろう。