第12章 欠けていくもの【土方歳三編】
土方さんと大鳥さんの間に不穏な空気が漂いだし、私はおろおろと二人へと交互に視線を向ける。
大鳥さんとはまだ数日しか顔を合わせてはいないけれど、初めて彼の険しい表情を見た。
「愚を犯すのであれば、せめて自軍を最良の状態にして、確実な勝利を目指さなくては……」
すると土方さんは、大鳥さんの言葉を遮るように言葉を発した。
「兵は拙速を聞くも、未だこれを巧みにして久しくするを見ざるなり。戦ってのは時間をかけて上手くやるより、多少下手でも、素早くやれってことだ。……これも孫子の兵法に書かれてる言葉だぜ」
「……土方君、話を混ぜっ返さないでくれ。中軍、後軍が我々に追いつくのに、何十日もかかるわけじゃない。あと少しだけ待ってくれと……」
「のんびり後続部隊を待ってるうちに、敵の援軍が来ちまったらどうするんだ?あの射程の長い化け物銃を持った薩長の連中がやって来やがったら、勝てる見込みはなくなっちまうぜ」
「それは……」
土方さんの言葉も一理ある。
そう思ってしまったのか、大鳥さんは口ごもってしまった。
それを好機と思ったのか、土方さんは更に言葉を続けていく。
「気を逃すくらいなら、俺が先鋒軍だけで城を落としてやるさ」
「それは……、危険だ!そんなのは戦争ではない、ただの自滅だ!」
大鳥さんが大声を出して声を荒げ、彼の意見を反対する。
だけども土方さんは最初から大鳥さんの意見を聞くつもりは無い様子だ。
確かに大鳥さんの言う通り、土方さんがしようとしているのは自滅に近い行動。
(……もしかして、死に急いでる訳じゃないよね)
土方さんの発言に多少の不安が芽生える。
近藤さんが新政府軍に捕縛されてから、土方さんは何処か死に急いでるように見えた。
「ま、黙って見てろよ。明日、日が暮れるまでには宇都宮城を落としてやるさ」
彼の瞳は好戦的な光を灯してぎらついている……いや、自暴自棄になっているかもしれない。
(こんな状態で、本当に戦っても大丈夫なのかな……)
段々と不安が大きくなっていく。
そして、大鳥さんとの会議が終わった土方さんは無表情のまま陣から出て行った。
それを私は不安を抱きながらも追いかける。
「あの、土方さん……」
「ん?なんだ」
「……死に急いでるわけじゃないですよね」
土方さんは私の方を振り返らないが、足の動きをぴたりと止めた。