第12章 欠けていくもの【土方歳三編】
やがて、土方さんの息遣いが穏やかになっていくのに気がついた。
私を拘束していた腕からも力が徐々に抜けていったのに気が付き、少しだけ安堵の息を吐く。
(良かった……少しづつ落ち着いてる)
暫くすれば、彼はゆっくりと私から離れた。
襟元を直しながら、土方さんへと振り返ると彼は弱々しく呟く。
「……おまえは、一体いつまでこんなことを許すつもりなんだ?」
「それは……、そうですね。貴方が私を必要としてくれるかぎり、でしょうか」
そう言って微笑めば、彼は不満げにそして苛立ったように言葉を吐く。
「馬鹿な女だな。……てめえの進むべき道を見えてねえ、先のねえ男なのに。自分の身を傷つけてまで血を捧げるなんて、何を考えてやがるんだ?」
「それは、秘密です。それに、私がしたくてしているんですから」
小さく笑えば、それ以上土方さんは何も言わなかった。
私が何故、こんなことをしているのかなんて土方さんには到底言えない。
だって言えるわけない。
貴方が大切で、貴方のことを想っているから役に立ちたくてこんな事をしているんだなんて……。
(言えるわけ、ないじゃないですか……)
そして、日光に向かう途中な森の中でのこと。
宇都宮まであと少しという所で、思いもしなかった事件が発生した。
「まさか、宇都宮を新政府軍に押さえられてしまうとは……予想外だった」
静かさが漂う森の中で、土方さんと大鳥さんが陣の中で会議を開いていた。
「押さえられたっていっても、単に、錦の旗にびびって恭順した口だろ。奴ら以上の力を見せつけてやりゃ、すぐにこっちに尻尾振ってくるさ。……節操のねえ連中だからな。新政府軍に寝返った奴らの城なんざ、落としちまって構わねえだろ?歩兵奉行さんよ」
「僕は別に、戦うことに反対しているわけじゃない。ただ、小山で戦っていた中軍、後軍はまだ合流しきれていない。彼らが追いつくまで、待ってくれと言ってるんだ。城を落すというのは、戦略的に愚の愚とされている。今はーー」
「……そりゃ、どこのありがてえ操典の孫引きだ?お得意の西洋砲術か?」
「これは、西洋だけの常識ではない。孫子の兵法にだって同じことが書かれている。上兵は謀を伐ち、その次は交を伐ち、その次は兵を伐ち、その下は城を攻む。つまり、やむ得ない時をの除いて、城を攻めるというのは愚かだと説いているんだよ」