第11章 乞い求む【土方歳三編】
そして、甲府に向かう前日の事。
勝手場で朝餉の片付けをしていると、こちらに向かってくる足音が聞こえた。
(誰かこっちに来てる……?)
誰だろうと思っていれば、勝手場に顔を覗かせたのは野村君だった。
そして勝手場に視線をさ迷わせてから、私を見つけると表情を明るくさせる。
「千尋先輩!土方副長が呼んでたぜ」
「土方さんが?」
「おう!部屋に来て欲しいってよ」
「部屋に……。野村君、教えに来てくれてありがとう。千鶴、あとは頼んでも大丈夫かな?」
「平気だよ。あとは私一人でも片付けれるから、行っておいで」
千鶴に断りを入れてから、私は土方さんの部屋まで向かった。
一体どうしたのだろうと思いながらも、ふすまの前で声をかける。
「土方さん、雪村です」
「ああ、入れ」
短い返事が聞こえて、私はゆっくりとふすまを開けてから中へと入った。
そして部屋の中にいる土方さんを見てから、少しだけ目を見開かせる。
土方さんが珍しく髪の毛を下ろしている。
前に見たのは京にいた時であり、久しぶりに見た彼の髪を下ろした姿に驚いてしまう。
「来てもらって悪いな。ちと、お前に頼みてえ事があってな」
「私にですか……?」
頬にかかる髪の毛を煩わしそうに払いながら、土方さんは私へと視線を向けた。
そして彼の手には鋏が握られていて、それに視線を落としていれば彼は鋏を私へと差し出す。
「これで、俺の髪を切ってくれねえか?」
「土方さんの髪をですか……?え、どうして急に」
「これからの戦い、髪の毛を伸ばしてても邪魔だと思ってな。あっちは銃を使ってきやがるから、髪の毛に撃たれていちいち切れたり縮れたのを直すのもめんどくせえ」
土方さんの言葉に、私は成程と思いながらも戸惑いながら鋏と土方さんを交互に見る。
「あの、私が土方さんの髪に触れてもいいんですか?前に、人に髪をいじらせるのはお好きでは無いと言ってましたが……」
「まあ……確かにいじらせるのは好きじゃねえな。だけど、お前は手先が器用だろ。だから頼んだ」
「……あの、失敗しても怒らないでくださいね」
「頼んどいて怒りやしねえよ。……なるべく、短く頼む」
私は土方さんから鋏を受け取ると、彼の背後に回ってから下には落ちた髪の毛を受け止める為の布を敷く。
人の髪の毛を切るのは初めてでもあり、初めての相手が土方さんなので緊張してしまう。
