第11章 乞い求む【土方歳三編】
「申し訳ありません、山南総長」
「すみません。もう少し早く戻って来るつもりだったんですが……」
「すみませんでした。あの、それより……お二人に渡したい物があるんです」
私は布袋から家で調合した薬を取り出して、山南さんへと手渡した。
手渡された山南さんは不思議そうに、薬の包み紙を眺めてから私へと視線を向ける。
「……これは?」
「羅刹の吸血衝動を抑える薬です。今日、実は家に戻ったら、調合方法についての資料を見つけたので、作ってみたんです。この薬があれば、恐らくですが身体の苦痛を軽くすることができるはずです」
説明を聞いた山南さんは、無言のまま手にした薬包紙に見入っていた。
だけどもやがて、彼は私へとその薬包紙を突き返してきたのだ。
「……お返しします。気持ちはありがたいですが、私には必要ありません」
「え!?ですが……」
「我々の吸血衝動は、薬などで抑えられるものではありません。……抑えれば抑えるほど苦しみは増し、正気を削られていくだけ。……こんな薬は気休めでしかありません」
「ですが!」
「……失礼。これから市中を見回って参りますので、これで」
山南さんはそう言うと、私達に背を向けて歩いて行ってしまった。
私は彼の背中を見送った後、手元にある薬包紙へと視線を落とす。
彼はこんな薬は必要ないと言っていたけれども、もし吸血衝動が起きた時にはどうするのだろうか。
そう思った時、ある事を思い出した。
(そういえば、伏見奉行所で君菊さんが……)
『……では、あなたたち新選組の羅刹が、見回りと称して辻斬りをしているのはご存知ですか?』
君菊さんの言葉に、嫌な汗が浮かぶ。
まさか山南さんは見回りと称して、辻斬りをしているのではと考えて、慌ててその考えを消そうとした。
(まさか、そんなこと……。だって新選組の仕事は、京の人を、都の治安を守ることなのだから)
たとえ、吸血衝動に苦しめられて血が欲しいからといって、血を求めるだけに辻斬りをしているなんて。
そんな事を信じたくなかった。
「……千尋、オレはその薬、飲むよ。くれるか?」
「あ、うん」
私は平助君に薬包紙を差し出した。
彼はそれを懐にしまい込むと、山南さんが消えた方向を見つめる。
「今日は、オレも見回りについて行く。もし山南さんがおかしな真似をしようとしたら、全力で止めるから心配すんなよ」
