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君ノ為蒼穹に願ふ【薄桜鬼真改】

第10章 乱世【土方歳三編】


「……慶喜公は、船でもう江戸に向かってしまっているとのことです。ですので、これ以上ここにいても……」
「……将軍公が、船で江戸に……?」

島田さんの言葉に、土方さんは唖然とした表情でその場に立ち尽くす。
やがて、声を低めて鋭い目付きで島田さんを見ていた。

「船で江戸に向かってるってのは、どういうことだ?幕軍が命懸けで戦ってたってのに、それを見捨てて、てめえだけさっさとお逃げあそばしたってことか?」
「そ、それは、俺にもよくわかりませんので……」

島田さんも納得いかない様子で、大きな肩を必要以上に小さく縮めてしまう。
すると土方さんは苛立ちを爆発させたように叫んだ。

「くそっーー!!」

そして苛立ちを露にしながら、近くにある木を思い切り蹴りつける。
何度も何度も、目を吊り上げながら苛立ちを樹木にぶつけながら蹴り飛ばしていた。

こんなにも怒りを露にしている土方さんの姿は初めてで、私たちは唖然としてしまった。
そして、暫くすると土方さんは荒ぶる呼吸を懸命に抑ええながらーー。

「……まあいいや。そもそも俺は最初から、徳川の殿様の為に戦ってきた訳じゃねえからな。いくら上にやる気がなかろうが、俺たちにゃ関係のねえことだ。伝習隊もいるし、幕府の海外から買った何隻もの軍艦だって無傷のまま残ってる。……江戸に戻ったら、喧嘩のやり直しだな」

逆に、逆境に追い込まれたせいか闘志がみなぎったようだ。
土方さんは目をぎらつかせながら呟いていた。


後に【鳥羽伏見の戦い】と呼ばれる事になるこの戦いで、数で優位だった幕府軍は、新型の武器と様式の戦術を使う薩長軍に適う事が出来なかった。

更に敗北を決定的にしたのは、薩長軍が朝廷軍の証である錦の御旗を掲げたことだった。
これを知った慶喜公は江戸への撤退を決めたのだという。
総大将がいない戦いは、戦う意味が失われる。
こうして新選組と幕府勢力は、大阪城を捨てて江戸に戻ることになった。

江戸に戻る船の中、私と千鶴は松本先生と交代で山崎さんの看病をしていた。

「……君、雪村君たち……。そこに……、いる……のか?」
「山崎さん……。はい、いますよ、二人とも。どうかされましたか?傷が痛みますか?」
「いや……。副長に、お伝えしたいことがあるんだ。呼んできてくれるか……?」

彼の言葉に、私と千鶴は思わず目を見張った。
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