第10章 乱世【土方歳三編】
また、淀藩や津藩の裏切り、そして尾張藩などが日和見を決め込み、まさかに四面楚歌の状態となりつつあった。
どうしようもない悔しさを噛み締めながら、新選組は大阪城への撤退を余儀なくされた。
そして千鶴と相馬君は、今どこにいるか分からない状況だった。
火が放たれた奉行所から逃げたらしいけれども、そのあとの行方が分からないまま……。
(……千鶴、相馬君……無事でいて)
心でそう祈りながら、私たちはやっとの思いで大阪城に辿り着いたのだった。
「はあ……、ようやく着いたか。ったく、こんな馬鹿でかい城を建てやがって。ここに辿り着くまでに何日かかるかと思っちまったぜ」
「土方さん、とりあえず俺たち、山崎の奴を松本先生に診せてくっから」
「……ああ、頼む」
山崎さんには、ひとまずの応急処置はした。
だけど山崎さんはここに来るまで、ずっと苦しそうに唸っていた。
傷の具合を思うと、今後の道先は決して明るくはない。
(それに……土方さんは……)
彼は変若水を飲んでしまっている。
本来なら、羅刹と化しているならば昼間を動くのはからり苦しいはずなのに。
「土方さん……、お身体の具合は大丈夫ですか?」
「何だ?羅刹の俺がお日様の下、うろうろしてるのがそんなに意外か」
「……いえ。以前とお変わりないかと思って」
「今んとこ、どこも変わりねえな。そのうちお日様を見るのさえしんどくなってくるんだろうし、今のうちに目に焼きつけとくか」
その言葉に、私は泣きそうになった。
目頭が熱くなり、涙が今にも零れてしまいそうになって慌てて堪えようと唇を噛み締める。
「……そんな顔、するんじゃねえよ。おまえがどう考えているかわからねえが、変若水を飲むって決めたのは、他の誰でもねえ、この俺だ。それに、今まで何人もの隊士に切腹だの羅刹化だの命じといて、てめえだけは腹が据わってねえってのもおかしな話だろ?」
「……でも」
「……いつか、こうなるんじゃねえかって気はしてたんだ。だから、おまえのせいじゃねえ。源さんが死んだのも、おまえのせいじゃねえ。だから、気に病むな」
彼の言葉に、頷くことも返事もすることも出来なかった。
だけど何故か、何故か土方さんの表情は妙にすっきりして見える。
「……土方さん。あの、こんな事聞くのも変だと思いますけど……。何か、いい事でもありました?」
「……ああ、もちろんだ」