第10章 乱世【土方歳三編】
「まずは、その両腕を斬り落とさせてもらうか。そしてその肉を、野犬にでも食わせてやろうーー!」
風間は語気も荒く言い放ち、あれだけの鍔迫り合いをしてもなお、刃こぼれする事がなかった刀を振り上げて彼へと落とそうとしていた。
「土方さん!!」
このままでは、土方さんまでも失ってしまう。
それだけは避けたくて、彼の元に走り出そうとした時、それを誰かの手によって阻まれ、身体を後ろへと放り投げられるようにされた。
その場に尻餅を着くように倒れた瞬間、目の前に黒い忍び装束が過ぎる。
そして何かが切り裂かれたような音が森に響いた。
「ーー!?貴様!」
刹那、聞こえてきたのは風間の驚愕した声。
そして私は目の前の光景に目を見開かせ、絶望に打ちひしがれる事しか出来なかった。
「……う、そ」
風間の衣には赤黒い血が付着しているが、それは土方さんの血じゃない。
赤黒い血を流し続けていたのは、先程まで私の隣にいたはずの山崎さんだった。
「……何をしているんですか、副長!あなたは頭で、俺は手足のはずでしょう。そんな風に我を忘れて敵陣に突っ込んで、どうするんですか……」
「山崎、おまえ……」
「山崎さんっ……!!」
山崎さんを呼ぶ土方さんの声が震えている。
だけど山崎さんは笑顔のままであり、私は慌てて彼の元に駆け寄る。
背中を深く斬られていて、そこからはみるみると鮮血が溢れていた。
「山崎さんっ……!」
血は止まらなずに溢れ続けている。
止血をしなければいけない、そう思いながら私は震える手で着物の袖に入っている布を取り出そうとした。
だけど、山崎さんは私の手の上に自身の手を置いて、顔を左右に力無く振る。
それが何を意味しているのか、混乱ばかりしている私には分からなかった。
ただ、山崎さんは笑みを浮かべていて、私から視線を逸らすと土方さんを真っ直ぐに見て、一言一言をゆっくりと言葉にしていく。
「手足なら、たとえなくなっても代えは効きます。ですが、頭がなくなってしまっては、何もかもおしまいです。新選組は、局長と副長……お二人があってこそ、なのですから……」
「……山崎さん!山崎さん!」
その言葉を伝え終わった瞬間、彼の身体はがくっと傾きそのばに突っ伏してしまう。
山崎さんの身体を抱き起こした私は、何度も彼に呼びかけるけれども反応がない。
ただ血が流れ続けるだけ。