第10章 乱世【土方歳三編】
為す術なく亡くなってしまった井上さん、腹が据わらない幕府の役人、そして新選組を武士として扱ってこなかった人々に新選組に取り巻く現実……。
土方さんの苛立った言葉は、その全てに向けられていると分かった。
「何があっても、てめえの信念だけは曲げねえ。どんな時でも、絶対に後退はしねえ。俺たちは、それだけを武器にここまでやって来た。まがい物だろうが何だろうが、貫きゃ真になるはずだ。つまり……、この羅刹の力でおまえを倒せば、俺は……俺たちは、本物になれるってこったろ?」
土方さんの口元に浮かぶ笑みに背筋が震える。
それはもう人ならざる者の笑みであり、私は身体を震わせながら彼の笑みを見るしか出来なかった。
そして、羅刹となった土方さんは猛然と風間に斬りかかろうとし、私はその瞬間風間に突き飛ばされていた。
突き飛ばされ、直ぐに体制を整えながら目の前の光景に驚愕した。
変若水を飲み、羅刹と化した土方さんの動きは先程とは比較出来ないほどの速さだった。
「くっ……!」
風間は懸命に土方さんの太刀を受け止めるけれども、第二撃、第三撃が襲ってくる。
息もつかせる攻防が繰り広げられていた。
「ほら、どうした!?俺たちは虫けらなんだろ?押し負けてるぜ、鬼さんよ!」
土方さんはまるで、獲物を狙う獣こように目をぎらつかせて風間を追い詰めていく。
刀同士がぶつかり合えば、鈍い音が林に響き渡っていき、風間は絶え間なく打ち込まれる斬撃に呼吸する間すらないようだ。
「ぐ……!」
何とか風間は力を振り絞り、棟で土方さんの刃を受け止めている。
だけども、それと互角の力出なくなった今は無駄な抵抗としかならなかった。
「くっーー!」
刀が弾け飛び、風間の体勢が大きく崩れた。
その隙を土方さんは見逃すことはなく、彼の刀が風間の頬を斬りつける。
「ぐぁああっ……!」
斬りつけられた風間は、顔を抑えながら慌てて飛び退くと土方さんから間合いを取った。
そして手についた血を見て、目を見開かせながら信じられないと言わんばかりの驚愕の表情を浮かべる。
溢れる血と、斬りつけられた傷を見た土方さんは狂気的な笑みを浮かべていた。
風間を挑発するような笑顔。
「へっ、こりゃいいや。……凄みが増して、いい男になったじゃねえか。さあて、まがい物に傷をつけられた感想はどうだ?鬼の大将さんよ」