第10章 乱世【土方歳三編】
このまま、見ているだけじゃ駄目だ。
私は落ちていた刀を手に取ると、息を深く吐いてから風間へと走り出す。
そして斬りかかろうとするけれども、鬼同士でも本来の鬼の姿になった風間にはやはり適わなかった。
「愚かだな」
「うっ、ぐっ……」
斬りかかろうとした瞬間、腕を掴まれて上へと持ち上げられる。
黄金の瞳は私の目を覗き込みながら嘲笑う。
「鬼同士でも、男鬼と女鬼では力の差がある。しかも本来の姿をしていれば尚更だ。それを分からぬ程、お前は愚かなのか?」
「……離してッ」
私の手首を掴んでいる風間の手に爪を立てる。
そこから血が滲んでいるけれども、風間は痛がる素振りも見せない。
何とかしなければと歯を噛み締めた。
(土方さんを、井上さんの二の舞にさせない……ッ)
風間をどうにかしなければ。
そう思っている時、後ろから苦しげな声が聞こえた。
「く、そっ……!」
「土方さん……!」
首だけを後ろに向ければ、土方さんは乱れた呼吸を整えて投げ出された刀へと手を伸ばそうとしていた。
だけど、そのまま彼は力無く地面に膝をついてしまう。
もう、息をするのもやっとのような状態であり、風間はそんな土方さんに容赦なく刀を向けた。
「……これで、終いだ」
冷たく笑う風間は勝利を確信した顔をしていた。
「人間というのは、愚かなものだな。適わぬと知りながら我らに立ち向かう……。それは勇気ではなく、蛮勇と呼ぶのだ。鬼の力を軽んじ、恐れることを忘れたおまえたちが悪い。……己の不明を恥じて死ね」
「やめてっ、風間!!」
爪を立て、引っ掻くけれども風間の手は外れず、このままでは土方さんまでもが殺されてしまうと思うとまた涙が零れ落ちていく。
そして土方さんは疲れきった身体をひきずりながらも、投げ出された刀の所へと向かう。
「何をしている。まさか、逃げるつもりか?」
風間の言葉に土方さんは答えない。
刀を握り直し、既に力も篭っていない手で構え直していた。
「……まだ足掻くつもりか。あれだけ虚仮にされて、まだ彼我の実力差を理解できぬとはな」
違う、土方さんは自分と相手の力の差を分からないような人間じゃない。
だからといって戦いを諦めてしまうような人でもないけど、何故何も言わないのだろう。
不気味な程に土方さんは何も言わず、ただ静かだった。
そんな彼の姿を見て、嫌な予感がした。