第10章 乱世【土方歳三編】
風間は刀を私へと向けると、その白い刀身を私の喉元へと宛がう。
「躾には、苦痛がよく効く。幸い、傷を負ってもすぐな癒える身だからな」
「……おまえの躾に屈するつもりはないわ。従わせるつもりなら、このままお前に連れていかれるぐらいならこの場で舌を噛み切って死んでやるから!」
井上さんは逃げろと言ってくれた。
でも、井上さんの仇も討てずにこのまま連れ去られるぐらいなら死んだ方がいい。
千鶴が心残りだけども、あの子なら相馬君が側にいて、それにお千ちゃんがきっと助けてくれる。
涙を流しながら井上さんの方へと視線を向ける。
きっと死んでしまえば、私を命懸けで守ろうとしてくれた彼には怒られてしまうけど、どうか許してください。
そう思いながら舌を噛み切ろうとした時だった。
「……おい、誰がそんな真似を許した?俺の目の届かねえところで、勝手に命を投げ出そうとするんじゃねえ」
その声が聞こえた瞬間、私は舌を噛み切ろうとした口の動きを止めて、身体の動きまで止まってしまう。
そして声が聞こえた方へと振り返った。
「……ひじ、かたさん……」
私の背後には土方さんが立っていた。
そんな彼の姿を見た瞬間、私の目からは更に涙が溢れ出してしまう。
「……くそっ、嫌な予感が的中しやがったか」
土方さんは顔を怨嗟に歪めながら、傍らに倒れている井上さんの亡骸を見つめていた。
そして血が滲むくらいに唇を強く噛み締めて、まるで泣き出す寸前のように呼吸を乱していく。
やがて、彼は顔を上げるとその冷たい目に炎を宿して風間を睨みつけた。
そして勢いよく刀を抜き取ると、風間へと切っ先を向ける。
「……やれやれ、無駄死にがまた増えるか。何故そこまで死に急ぐのか、理解できぬな。手間はかかるが、仕方あるまい。かかってこい」
風間は悠長とした調子で言葉を発する。
そんな彼を睨みつけた瞬間、土方さんは憎しみを込めた声で静かに呟く。
「……無駄死に、って言いやがったか、今。この俺の前で、無駄死にとほざきやがったか!?」
凄まじい勢いで、土方さんは風間の間合いの中へと飛び込んだ。
そして首筋めがけて、渾身の一刀を食らわせる。
「くっ……!」
風間は刀の棟で咄嗟に刃を受け止めるが、土方さんに押されて後ろへと下がっていた。
その瞬間、踏まれていた手は自由になり痛みが消え去った。