第10章 乱世【土方歳三編】
井上さんの手を離した私は、背後に落ちていた刀を拾い上げた。
そしてゆっくりと立ち上がると風間を睨みつける。
「許さない……お前だけは、絶対に……」
「ほう?敵わないと知って尚、俺に歯向かうか」
「お前だけは……殺しやるッ!!」
初めて新選組の屯所に連れてこられた時、不安だった私に優しく声をかけてくれた井上さん。
困ったことがあれば直ぐに助けてくれて、何かあれば直ぐに話を聞いてくれた。
あんなにも優しい人を、この男は虫けらのように扱って斬り殺した。
許さない、憎い、殺してやる。
憎悪がどんどん私の中に膨らんでいき、刀を握っていた手が震えていた。
「おまえは、もう少し賢い女だと思っていたが……。人間と暮らすうちに、毒が頭にまで回ったか。……落胆したぞ」
「黙れっ!!」
双眸からはずっと涙が溢れ続けていた。
風間への憎悪と、私のせいで井上さんが死んでしまった悔しさと大切な人がまた居なくなった悲しさ。
色んな感情がせめぎ合い涙を流す。
「何をそんなに怒る?この虫けらのような男を殺されたのが、そんなに悔しいか。たかが人間が、鬼に歯向かったのだ。当然の末路だろう」
「黙れ、黙れ、黙れ!!」
こんなにも怒りが込み上げたのも、誰かを殺してやりたいと思ったのも里を滅ぼされた以来だ。
「お前だけは、絶対に許さない……!!」
喉が裂けそうなぐらいに叫ぶと、私は刀を風間へと振りかざす。
だが想像した通り風間はそれをゆるりと交わしたが、直ぐに刀の刃を横に向けると脇腹へめがけて刀を振った。
「……ぐっ!」
寸前で風間は刀を避けたが、刀は浅くも風間の脇腹を斬りつけていた。
「何っ……!?」
もう一度、風間めがけて刀を振り落とそうとするが次は刃は風間に触れることなく、彼の刀に弾き飛ばされてしまった。
「あっ……!」
地面に音を立てながら落ちた刀を慌てて拾おうとするが、その手を風間に踏みつけられてしまう。
ぎりぎりと音が鳴るほどに踏みつけられて、痛みが襲ってきた。
「……さて、茶番は終わりだ」
傲慢な赤い目が、私を見下ろしている。
その目を私は睨みつけながら、怒りに顔を歪ませた。
唇を噛み締めながら殺意を込めた目で睨めば、風間はため息を吐く。
「しかし、どちらが主なのかをわきまえぬ振る舞いは不快だな。二度と俺に逆らう気など起こさぬように、仕置きをしておくか」