第10章 乱世【土方歳三編】
普段の井上さんからは想像も出来ない動きで、風間の首筋めがけて刀を振り落とす。
「……ふっ」
風間は片手で目に止まらぬ速さで抜刀する。
そしてその白刃は、がら空きとなっていた井上さんの腹部めがけていた。
「やめてえええ!!!」
「ぐぶっー!!」
叫んだ瞬間、井上さんのくぐもった声が聞こえたのと同時に彼の口からは血が吐き出されていた。
その血を見た瞬間、私の身体はぴたりと動かなくなってしまう。
里が襲われた時の光景が蘇る。
父様と母様が、人に斬られて口から血を吐き出していた光景が。
そして井上さんの隊服は真っ赤に染まり、その場に膝をついていた。
「いやだ、いやだ……いやだいやだッ。井上さんっ!!」
震えて動かなくなっていた身体を無理やり動かし、私は井上さんの元へと走り出す。
すると風間は挑発めいた視線で井上さんを見下ろしながら、囁いた。
「どうした?人間。先程俺に殺された連中は、おまえの部下なのだろう?仇を討ちたくないのか。武士というのは、仲間の仇討ちを美徳とすると耳にしたぞ」
その言葉を聞いた井上さんは勢いよく面を上げていた。
すると彼は懐へと手を入れると何かを取り出そうとしている。
何を取り出そうとしているのか直ぐに気付いた。
「……変若水か。どこまでも見苦しい奴め。見下げ果てたぞ。貴様ごとき、もはや生かしておくだけの価値もない」
「やめて!!」
私は刀を抜き取ると、風間めがけて斬り掛かろうとした。
だが私の動きなんて、風間には容易く見切れるものであり直ぐに腕を掴まれる。
「う、ぐっ……」
「前と言い、夫となる存在である俺に刀を向けるなど躾がなっていないな」
「千尋君、なにをしているっ……にげなさいっ」
「離せっ!!離せ……!お前に井上さんを殺させてたまるものですかっ!!」
風間の腕から逃れようとするけれども、暴れる度に掴んでいる手の力は増していく。
骨が折られてしまうのではないかというぐらいの力に、顔が歪んだ。
「見ていろ千尋。見苦しい奴を今ここで殺してやる。……おまえはそのまま、苦しんで死ね」
「やめて、やめてっ!井上さん、お願い……逃げて!!」
手を離させようと暴れながら、井上さんの方へと視線を向ければ彼は変若水が入った小瓶の蓋を外して飲み干そうとしていた。
「ふっ……」