第10章 乱世【土方歳三編】
「……駄目、です……、井上さん!」
「……力不足で申し訳ない。最後まで共に在れなかったことを許して欲しい。こんな私を京まで一緒に連れて来てくれて……最後の夢を見せてくれて、感謝してもしきれない……、とね」
「だめ、駄目です井上さん。なに、言ってるんですか。そんな、遺言……遺言みたいなことッ……!」
井上さんの言葉に、私は声を震わせながら首を左右に振りながら『駄目』と何度も呟く。
「あの鬼は私を狙っているんです!私が着いていけば良いだけのことなんですから、井上さん……そんな事を言わないで井上さんが土方さんの所に行ってください!」
すると井上さんは顔を皺くちゃにして苦笑いをする。
それは、父様が死ぬ前に私を見ながら笑った時にそっくりで背筋が冷えていく。
父様もあの時、里を襲って来た人間から私を逃がす為に囮のようになった。
『すまない……千尋』
そう言って笑いながら死んでしまった。
もうあの光景を見たくない、もう二度と大切な人を死なせたくなくて私は必死に井上さんの腕を掴みながら首を左右に振る。
でも彼は苦笑いをするだけ。
「……やれやれ、女を盾にして逃げろっていうのかい?そりゃ、武士の風上にもおけんだろう。それにな……、子供を守って死ぬってのは、親の本望でもある」
「いやだ、いのうえ、井上さん……なにいって」
「親ってのは子供より先に死ぬもんだからな」
「いやだ、嫌です……井上さんっ、お願い……そんな事っ、言わないでッ」
じわりと目に涙が浮かぶ。
私はまるで駄々っ子のように『いやだ』と繰り返しながら井上さんの羽織を掴む。
だけど彼は、優しく羽織を掴んでいた私の手を引き離すと勢いよく刀を抜いて私に背を向けた。
「……今生の別れは済んだか。では、先程の言葉に込められた本気がどれほどのものか……、試してみるとするか」
「やめてっ、風間……お願い。一緒に行くからやめてっ」
これ以上私から大切な人たちを奪わないで。
そう思いながら私は風間に懇願するけれども、彼は私の声なんて聞いてなかった。
そして井上さんは刀を構えると叫んだ。
「うぉおおおおーーっ!」
「いやだ、いやだ!!井上さんっ!!行かないで!」
羽織を掴もうとした手は、何も掴まずに空だけを掴んだ。
掴もうとした羽織は目の前から遠ざかり、井上さんは風間めがけて走り出していた。