第10章 乱世【土方歳三編】
「……そうですね」
「あの人に、負けは似合わない。もう、あの人のあんな顔は見たくないからな」
井上さんの言葉で、私は伏見での戦いを思い出す。
一月三日の夕刻、幕府軍と薩摩長州連合軍との戦闘が始まった。
伏見奉行所にも大砲が引切り無しに撃ち込まれ、地震が起きたのかと勘違いする程だった。
『土方さん、もう無理だ!奴ら、坂の上にバカでかい大砲を仕掛けてやがる!坂を登ろうとした端から撃ち殺されちまう。ありゃ、斬り合いに持ち込むなんて無理だぜ』
『……しかも奴らの持っている銃、射程が恐ろしく長い。あれほど離れているというのに、二発に一発が命中している』
『新八の奴はどうしたんだ?見当たらねえが』
『新八なら、二番隊十五名と共に、敵陣へ斬り込みに行ってる』
『敵陣に斬り込みって……正気か!?どう考えたって、生きて帰って来られる筈がねえだろ!』
原田さんの言葉に、土方さんは青ざめるほどに強く唇を噛み締めてその場に立ち尽くしていた。
そして、外からは相変わらず大砲の轟音が聞こえてくる。
敵陣に斬り込みに行った永倉さんの死を、誰もが予感していた時だった。
『よっ、ただいま!今、戻ったぜ』
『……新八!』
奉行所に現れた永倉さんに、全員が驚きの表情で振り返った。
『い、生きてたのか!?まさか……』
『おっと、幽霊じゃないぜ。よく見てくれよ、足もちゃんとついてるから』
永倉さんをよく見れば、埃と泥や返り血で沢山汚れていた。
そんな汚れた顔を永倉さんは手の甲で拭いながら、いつもと同じ明るい笑顔を浮かべる。
『ただ、敵本陣に飛び込むのはどうやっても無理だった。先に出て行った会津の部隊も、押し返されてるみてえだ』
『……副長、この先に進むのはかなり困難かと。ご決断をお願いします』
島田さんの言葉に、土方さんは眉間に深い皺を寄せながら怒りを滲ませた表情へと変わる。
その矢先の事だったら。
広間に黒いものが混じった煙が充満しだしたのだ。
それに気が付いた原田さんは、目を見開かせていて他の幹部の方々も驚きを隠せていない。
『おい、何だこりゃ?どこからか煙が流れてきてやがるぞ』
『大砲の火が、奉行所に燃え移ったか!さっさと逃げねえとやばいぜ!土方さん、撤退だ!』
永倉さんの言葉に、土方さんは顔を上げようとしない。
『トシさん……』