第10章 乱世【土方歳三編】
やがて、広間には私と千鶴に山南さんだけとなる。
暫くすると山南さんは私たちの方を振り返った。
「……雪村君たち。わかっていると思いますが、今夜のことは、他の隊士には決して口外しないように。いいですね」
私たちの返事を聞くこともなく、釘を刺してきた山南さんも広間を後にした。
広間にはただ静けさだけが残っていて、私たちは思わず顔を見合わせてしまう。
「どうしよう……。父様が研究していたあの薬が、幹部隊士さん方の手に渡ってしまったよ……千尋」
「……ただ、皆さんが変若水を使わない事を祈るしかできないよ。私たちには何も出来ない」
ただ、どうか……彼らが変若水を飲むような事がありませんように。
私たちはそれだけを祈るしか出来なかった。
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「局長を襲った刺客の正体は、まだつかめないのか?」
「どうせ、薩長の奴らに決まってるぜ。卑怯な真似を……!」
近藤さんが襲撃されたからというもの、伏見奉行所は緊張した雰囲気が立ち込めていた。
あちこちでは、隊士の方々が近藤さんを襲撃した犯人は誰だと苛立ったように噂話をしている。
緊張の雰囲気となんとも言えない居心地の悪さ。
私や千鶴はそれを感じながらも、幹部の方々へとお茶を運んだ。
「皆さん、お茶をどうぞ……」
「お、ありがとうな。そこに置いといてくれ」
どうやら、皆さんの様子を見るかぎり大切な話し合いの真っ只中のようだ。
皆さん、怖いくらいに真剣な表情をしながら意見をぶつけ合っていた。
「で、今後、どうするつもりなんだ?薩摩の奴らは、政権返上だけじゃ飽き足らず、徳川が持ってる領地も何もかも返せって言ってやがるんだろ?どう考えても、戦をおっ始める為の口実作りとしか思えねえぜ。今のうちに、戦う準備を進めておくに越したことはねえ」
「……だろうな。奴ら、年若い天子様を担ぎ上げて、我が物顔で朝廷に出入りしてやがる。で、そいつらとの戦の準備をどうするかだがーー」
「山南さんは、羅刹隊の増強を主張してらっしゃるようですが……」
島田さんの言葉に驚きを隠せなかった。
あの時、山南さんは幹部隊士の方々に変若水を渡して、幹部の方々も永倉さん以外は受け取っている。
それを思い出して思わず苦い表情になってしまった。
「俺は反対だ。これからの戦は、不逞浪士を取り締まってた頃とは違う」