第10章 乱世【土方歳三編】
「相馬、雪村」
土方さんが声をかけると、相馬君は目を見開かせてから申し訳なさそうに顔を俯かせる。
「土方副長……あの……」
「……何も言うな。あんな少人数で、狙撃を完全に防ぐなんてできっこねえ。近藤さんが撃たれたのは、護衛の数を増やすと進言しなかった俺の失策だ」
土方さんは悔しそうに、ぎりっと唇を噛み締めていた。
きっと、この中で一番悔しいのは土方さんなのかもしれない。
そして自分に怒りを感じているのかもしれない……何せ、彼の目には怒りの色が滲んでいるから。
「土方さん。これから、近藤さんはどうなさるんですか?容態は多少安定してきたとはいえ、ここでは満足な治療もできません。だったら……」
「わかってる。不幸中の幸いなことに、大阪城には松本先生がいるからな」
「松本先生が……」
「ああ。だから近藤さんには病人の総司と、そっちへ向かってもらう手筈になった」
沖田さんは最初、風邪だと言われていた。
だけど後に、彼の身体は労咳と呼ばれる不治の病に蝕まれていると判明。
今の沖田さんは、もう昔の面影はほとんどなく身体は痩せ細り、寝込んでいることが多い。
今、こんな慌ただしい所にいるよりも、大阪城にいる松本先生のところで療養した方が彼のためになるはず。
それに近藤さんも松本先生の元に居たら、きっと怪我も良くなるはずだ。
そう思っていれば、相馬君が不安そうに土方さんに尋ねた。
「じゃあ、俺は……」
相馬君と野村君は近藤さんの小姓。
なら大阪城に行く近藤さんについていくのが当然となる。
だけど彼にとってそれは悔しいこと……皆と共に戦おうとしていた彼にとっては。
だけど土方さんは、そんな小さくしょげている相馬君の肩を叩いて目を細めた。
「いや、局長命令だ。もし戦う覚悟が潰れていないなら、おまえはここに残って戦に加われ」
「局長命令……ですか?」
「ああ。実はさっき少しだけ意識を取り戻してな……【自分の供をするのは、戦うことができない者たちだけでいい。己の心があるがまま、道を選べ。君は俺の小姓である前に、紛れも無い一人の武士なのだから】ってな」
先程、土方さんが相馬君に伝えなければいけないと言っていたのはこの言葉だったんだ。
そして土方さんから近藤さんの言葉を聞いた相馬君は、身体を震わせていた。
「……局長……」
「ーーだ、そうだ。どうする、相馬?」