第9章 修羅【土方歳三編】
「馬鹿だな、おまえは……」
土方さんは小さく笑いながら、私の顎から指を離した。
そして私に背を向けると別宅の方へと歩き出し、少ししてから私の方へと振り返る。
「冷えるから、さっさと入るぞ」
「……はい」
この後の事は、あまり語りたくもない。
泥酔していた伊東さんは、程なくしてほとんど抵抗も出来ずに暗殺された。
だけど、事件はそれだけでは終わらなかった。
伊東さんを暗殺した後、油小路で永倉さんたちが御陵衛士を待ち伏せをして斬り合いに。
そして、沖田さんがふせっていた不動堂村の屯所では、二箇所で事件が発生。
伊東さんの暗殺。そして油小路手の御陵衛士への襲撃は後に【油小路の変】と呼ばれるようになる。
この事件では、新選組と御陵衛士双方にとって予想外の事が起きた。
それは、鬼が同行する薩摩藩の介入。
両者共に薩摩藩の罠にはまることになり、戦場は乱戦となった。
そしてその最中、平助君は瀕死の重体となってしまい、生き延びるために変若水を飲むこととなった。
そして、もう一つ。
時を同じくして起きた、風間による屯所の襲撃。
そのせいで羅刹隊はほぼ壊滅状態となったのであった……。
それから、伊東さんの実弟である三木さんが屯所を襲撃しようとしたらしい。
だけど、相馬君が追い払った為に事態が大きくなることは無かったのこと……。
だが彼はまた現れるはず……兄を殺した新選組に復讐するために。
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ー慶応三年・十二月上旬ー
油小路の変から、もう少しで一ヶ月となろうとしている季節。
あの後、斎藤さんも平助君も新選組に戻ることとなったけども、新選組は元には戻らなかった。
隊内は暗くなり、張り詰めた雰囲気に支配されている状態を感じた。
(風間が、襲撃した際に亡くなった隊士さんが多いって聞いたけど……なんで、風間は襲撃したのだろう)
そして、平助君のこと。
彼が重症を負った姿は一般の隊士さんも目撃している。
だから彼は、表向きは死んだことにされ【羅刹隊】の一員となった。
斎藤さんは無傷だったけれども、御陵衛士から出戻りをしたせいで一般の隊士の方には陰口を叩かれている。
事情を明かせば、口さがない隊士の方も黙るけれども、局長と副長である近藤さんと土方さんに批判の矛先が向かないようにと、斎藤さんは事情を明かすことはなかった。