第9章 修羅【土方歳三編】
もう、二度と彼の背中を見ることはない。
そう思いながら、闇に消えていく伊東さんの後ろ姿を眺めながら私ら唇を噛み締めた。
すると、近藤さんの大きな手が私の肩へと載せられる。
「……後味が、悪いものだな」
「これが俺たちの選んだ道。……俺たちの役目だ。威張れるものじゃねえってのは、よくわかってる。前に進む為には、こんな汚い仕事だってこなさなきゃならねえ……」
「……っ」
仕方ないのかもしれない。
それでも、辛くて私はただ唇を強く噛み締めてしまうだけ。
じわりと唇を噛んでいた所から血の味がしてきて、小さな痛みがした。
私自身が、この役目を引き受けた。
私が伊東さんを酔わせたんだと思えば、胸が張り裂けそうになってしまう。
すると、土方さんは少しだけ微笑んでみせた。
「近藤さんも……ついでにおまえも、あんまり深く背負い込むなよ。今回のことを計画したのも指示したのも、この俺なんだからな」
そう言いながら、土方さんは伊東さんが消えた闇の方へと視線を向けていた。
「寒いし、部屋に戻ろうか」
近藤さんはそう言うと別宅へと入っていく。
だけど、私は未だに伊東さんが消えた方を見つめていた。
すると頭の上に手が置かれる。
「言ったろ、あんまり深く背負い込むなって」
「……ですけど、知っている人が殺されていくのを見送るのは……」
声が少しだけ震えた。
伊東さんとは長い付き合いでもなければ、いい思い出もそんなにない。
だけど、それでもやっぱり辛かった。
目を閉じながらまた唇を噛み締める。
さっき切れた所は、もう既に傷が塞がっているけれども、まだ血の味が滲んでいた。
「……あんま、唇を噛むんじゃねえ。血が出てるじゃねえか」
すると、私が唇を噛み締めてるのに気がついた土方さんがそう言いながら私の顎を掴み、上を向かせる。
「自分で自分を傷付けるんじゃねえよ。馬鹿が」
「……怪我なんて、直ぐに治ります。私は鬼ですから」
「それでも、女が自分の身体を傷付けるもんじゃねえ。……やっぱり、お前を参加させるんじゃなかったな。優しすぎるんだよ、おまえは」
土方さんは、親指の腹で私の唇についた血を拭った。
その行動に少しだけ驚きながらも、私は声を少しだけ震わせながら言葉を発する。
「参加したことに、後悔はしていません。皆さんのお役に立てたなら、後悔はしません……」