第9章 修羅【土方歳三編】
「……なるほど。近藤さん。こりゃ、俺たちも色々と考え直した方がいいかもしれねえな」
「そうだな……。伊東さん、今後も我々をご指導くださいますかな?」
「ええ、もちろんですわ。【学べばいい則ち固ならず】と言うでしょう?あなた方も絶えず学び続けていないと、頭が固くなってしまっていけませんわよ」
「ああ。道は違えど、目指す所は同じだ。……もう一杯どうだ?伊東さん」
「ええ、いただきますわ。このお酒、とても呑みやすいわね」
「……どうぞ」
私は伊東さんにお酌をして、盃に注いでいく。
だけどその腕は微かに震えていて、私はなんとか震えを止めようとするけれども止まらない。
お酒を注いで酔わせて、泥酔させて殺そうとしている。
その事実が重くて、つい身体が震えてしまい私は唇を少しだけ噛み締めた。
「っ……」
「……あら、震えてるわよ。大丈夫?気分でも悪いのかしら?」
「いやいや、心配には及びませんよ。伊東さん相手に緊張しているのでしょう」
「あらあら、私のことがそんなに気にかかるのかしら?いけない子ですこと」
「確かにな……手と顔に出てるぞ。こういう場にも、そろそろ慣れておけよ。ったく」
つまり、顔には出すな。
土方さんは冗談めかしならがらも、言葉から言外の意味を私に伝えてくるので小さく頷いた。
(私が、接待すると決めたんだからしっかりしなきゃ……)
私はお酌を終えると、震える自分の手を爪を立てながら握りしめた。
血が滲んでしまったけれども、少しだけ震えが止まる。
「すみませんでした。伊東さんと、お久しぶりに会うのでどうしても緊張してしまいまして……」
「まあまあ、お酒の席ですもの。固いことは言いっこなしですわ」
「はっはっはっ、さすが伊東さん。器が大きいですなあ」
「他に、何か聞きたいことはあるかしら?何でも答えてあげてよ」
宴会から一刻が経った頃ーー。
「今日は大変有意義なお話ができましたわ。それでは御機嫌よう」
「ええ、それでは。道が暗いですから、お気をつけてお帰りください」
「誰に聞いていらっしゃるのかしら?この私を殺そうとする不届き者なんて、この京にはいませんわよ」
伊東さんは機嫌良さそうに言うと、そのまま私たちに背を向けて歩き始めた。
私が沢山お酒を注ぎ、沢山飲ませたせいで足元は危なげだ。