第9章 修羅【土方歳三編】
千鶴は【平助君】と言いそうになり、慌てて言葉を飲み込んでいた。
永倉さんや原田さんは、平助君が御陵衛士として新選組を脱退してから彼の名前をあまり口にする事はない。
(そういえば、平助君と斎藤さんたちが新選組を脱退して御陵衛士になってから、もう半年になるんだ……)
もうそんなになるんだ。
そう思いながら原田さん達をみれば、彼らは表情を曇らせていた。
「えっと、その……。このところ、色々なことが起こり過ぎて、以前のことが懐かしく思えただけで」
慌てて千鶴が話題を変えようかとしていれば、原田さんは懐かしそうにしていた。
「まあ、そうだな。世間も新選組も、色々あったからな」
「はい……」
「そうですね……」
「……しかしまさか、俺たちが直参に取り立てられる日が来るとは思わなかったけどな」
「屯所を、不動堂村に移転する時でしたよね」
その時に、新選組を脱退すると言い出す隊士さんが出てきて大もめになったりしている。
その際にうまく離脱できた方もいれば、何らかの名目で羅刹とされて羅刹隊にされた隊士さんもいた。
近藤さんは直参に取り立てられたことを大いに喜んでいた。
百姓の産まれである自分が、直参となれたと凄く喜んでいて、土方さんも喜んでいるのをよく覚えている。
「お二人は、どう思ってらっしゃるんです?」
「ん?まあ……正直、柄じゃねえよな」
「別に、幕府の家来になる為に、今まで戦ってきたわけでもねえしな」
「そうなんですね……」
【直参】というのは、徳川幕府直属の武士のことを言う。
その為他藩の大名に仕える家臣とはまた、立場が全く違っている。
そして、直参となるということは新選組が幕府寄りではなく幕府の一部になるということ。
それに反発を覚える人もいて、脱退するという人が増えてしまったのだ。
「でも……これからどうなってしまうんでしょうか?先々月には、親王様が新しく天子様になられたと聞きますし」
「それに……、先月は大政奉還が行われたんですよね。徳川幕府が、天下を治める権限を天子様にお返ししたとか聞きました……」
「ああ。坂本龍馬が考えた策らしいな。お陰で、戦をやって天下を取りたかった薩摩や長州の奴らから相当怨まれることになったらしいが」
「幕府寄りの奴らからは元々嫌われてたから、日本中の浪士から怨まれるようになったってことだな」