第9章 修羅【土方歳三編】
相馬君は幕府が揺らぐことを想像したのか、絶句して言葉を詰まらせていた。
改めて聞けば、羅刹と変若水というのはかなりの重みがある事なんだと思い知る。
「自分にとって荷が重いというなら、今、この場で言った話は忘れなさい。闇の事情など知らなくとも、新選組の隊士として戦うことはできます。日の当たる世界だけを歩んでいくのも間違った選択ではありません。……それはきっと、私にはもう選べない道ですから」
山南さんは相馬君の存在に何かを重ねているのかもしれない。
何せ彼は自嘲を耐えるような瞳で、相馬君を見つめていたから。
羅刹となった山南さんはもう、日の当たる場所では生きてはいけない。
死んだ事となっている彼は、ずっとこれからと闇の世界で生きることになるだろうし、山南さんはそれを選ぶだろうから……。
「……いいえ。忘れません」
すると、相馬君は迷わずにそう言い切った。
「幹部の皆さんや雪村先輩たちが、今までずっと抱え込んできた秘密。傷つき苦しんで、それでも目を逸らさずに立ち向かってきた、裏に隠された事情……。それを知ってしまったのに、目を背けて忘れろなんて……。俺には、絶対にできません!」
「相馬君……」
「俺も決して目を背けたりしません。たとえこの道が深い闇に続いていても……絶対に最後まで見届けます。それが、新選組の隊士となった俺の使命です」
相馬君の言葉に、山南さんはまるで眩しいものを見るかのように目を細めた。
「……さすが、近藤さんや土方君が見込んだだけはあるようですね。では土方君には改めて私から伝えておきましょう。相馬君、雪村君たち。……これからもよろしくお願いします」
そうして、山南さんは部屋から出ていった。
どことなく彼が居なくなると、部屋に漂っていた緊張の空気も消えたようだ。
「……ふう……」
そして山南さんがいなくなると、相馬君は大きな息をはいていた。
「お疲れ様、相馬君。あんな機嫌の良さそうな、山南さんは久しぶりに見たかも。ね、千尋」
「うん。本当に久しぶりに見たかも」
「そうなんですか?」
「うん。きっと相馬君が、堂々としてたから感心したんだと思う」
彼は本当に堂々としていた。
だからこそ、山南さんはあんなにも機嫌が良かったのかもしれない。
「……本当に立派だったから」