第9章 修羅【土方歳三編】
「むしろ、相馬君。そんなことより、君にはもっと大事な仕事があります。世話係ならこれだけは覚えてください。決して羅刹隊の居場所である屯所の奥に、一般の隊士を立ち入らせないこと。情報が漏れるのはもちろん、研究の邪魔をされても困りますからね」
一般隊士の方は羅刹隊の存在を知らない。
そして彼らがもし、羅刹隊の事を知れば秘密を守るとは限らないから、前の屯所の時から彼らが羅刹隊がいる所に入らせないようにしていた。
「人を羅刹に変える秘薬……【変若水】の研究です」
「……人を羅刹って、それは……やっぱり……」
「この新選組はこれまでずっと、その研究を続けてきたのですよ」
「山南さん、いいんですか……!?」
「そこまで、相馬君に話しても大丈夫なんですか……?」
「ええ。土方君からは、全てを話しても構わないと言われています。話を聞かせた上で私にも相馬君の人なりを見極めるようにと」
「でも……」
千鶴は不安そうな表情を浮かべていた。
その不安は私もあり、新選組へ憧れを抱いている相馬君に薄暗い事情まで聞かせるのは……。
だけどそんな心配を他所に、相馬君の顔には迷いどころか決意が色濃く浮かんでいた。
彼のその表情に千鶴も私も少しだけ驚く。
「教えてください。変若水と羅刹について」
「ええ。もう一部の事情は土方君たちから聞いているでしょうが……。かつて新選組はとある筋から命じられ、この変若水という薬の実験を始めました」
変若水。
人知に反した怪力に治癒能力を兼ね備えた、人を羅刹へと作り替えてしまう禁忌とも呼べる薬。
山南さんはびいどろに入った赤黒い液体である、変若水を相馬君の前へと出した。
彼はそれを不思議そうに眺めている。
「羅刹は戦力として非常に有用ですが、当然、それだけの力が何の憂いもなく手に入るはずがない。……羅刹となった者は白髪に赤い目へと姿を変え絶えず吸血衝動に襲われ続けます。癒されぬ喉の乾きに苦しみ、それを潤すために人間の血を求めて彷徨うことになるのです」
血を求めている姿は私も千鶴も何度も見た。
そして、この目で血を啜る姿を見ていたけれども、あれは見るべきものじゃない。
何度そう思ったのだろうか……。
「それでは、まるでただの化けーー」
相馬君は思わず【化け物】と言いそうになって、慌てて口を噤んだ。