第9章 修羅【土方歳三編】
私の身体を引き寄せたのは土方さんだった。
「……土方さん」
気付けば私は、土方さんの腕の中にいた。
目の前には彼の顔があり、そのことに驚いてしまう。
あの一瞬で、私を引き寄せていたなんて……。
「勝手にうろちょろするんじゃねえよ。ったく、手間かけさせやがって」
「すみませんでした……」
「だが、今の機転は悪くなかったぜ。そこだけは褒めてやる」
「え?」
「あいつに隙ができたのは、おまえのお陰だ。よくやったな」
怒られたと思えば褒められた。
その事に驚きながらも、喜んでいいのかなと悩んでしまう。
だが、今はそんなことを悩んでいる間じゃない。
風間千景は、顔を怒りに歪ませながら土方さんを睨み付けていた。
そして眉間に皺を寄せながら、ゆっくりと言葉を発する。
「土方とやら、その薄汚い手を離せ。その女は、俺のものだ。人間ごときに渡すわけにはいかぬ」
「悪いが、渡してやるわけにはいかねえな。こいつは今、新選組が預かってるんだ。人のものに手を出すんじゃねえ」
土方さんの私の抱える腕に力が込められた。
痛くはないけれども、力強い力に何故か安心してしまう。
「雪村千尋、俺と共に来い。おまえや、雪村千鶴は、誇り高き鬼の一族なのだぞ。そのような汚らわしい生き物共の元に、身を置くべきではない。あとで、きちんと雪村千鶴を連れてきてやるから、来い」
汚らわしいという言葉に眉間を寄せた。
確かに人間は浅ましく、醜いところはあるけれども彼らはそんな人間でも素晴らしい所だってある。
それに、私は風間千景と共に行くつもりは元からない。
「私は……私と千鶴は貴方たちと行くつもりはありません。ここに残りますので、どうぞ、お帰りください」
「……人間ごときに情をうつすか」
「長い間、人間と共に過ごしてきましたからね」
「ハハハッ、こりゃいいや!風間が二人にも女に振られるところを見物できるなんてよ!いい物見させてもらったぜ!」
「……黙れ、不知火」
いつの間にか、風間千景の傍には不知火匡の姿があり驚いてしまった。
風間千景がいるだけでも厄介なのに、まさか増えてしまうだなんて。
そう思った時だったーー。
「……お待たせしてしまい、申し訳ありません。土方君。また私たち羅刹隊が、彼らの相手を務めさせて頂きます」
「山南さん……!」