第8章 軋み【土方歳三編】
「しばらくは、あのままにしておきましょう。……俺にはあいつの気持ちがわかりますから」
相馬君の言葉を聞きながら、私たちは野村君が去っていった方へと視線を向けた。
彼はきっと色んなことを考えて、複雑になって辛くなっているはず。
(相馬君の言う通り、今はそっとしてあげた方がいい……)
「……俺も野村も同じなんです。自分の居場所が納得できずに、正しい武士を目指して藩を飛び出した」
「それで……辿り着いたのが、この新選組だったの?」
「ええ。この時代にあって誠の武士を貫ける数少ない場所。そして、ようやく自分で見つけ出した自分の場所。その気持ちは俺や野村だけじゃなく先輩達や他の隊士も同じだと思っていた。それなのに……」
「……相馬君……」
彼の表情が曇った。
そして相馬君の視線の先は、斎藤さん達が去っていた屯所の門。
やがて彼は夕暮れの空を見上げていた。
「……でも、それと同時に斎藤さんや東堂さんの気持ちもわかるんです。俺も迷った末に笠間藩や陸軍隊を辞めて、ここに来ましたから」
「……やっぱり相馬君も、藩を離れるときは迷ったの?」
「……はい。生まれ育った故郷に愛着もあったし、引き留めてくれる友人もいました。でも俺は……ずっと憧れていたんです。武士として生まれたからには、武士として生きられる場所にいたいって」
彼は武士に憧れていた。
だからこそ、笠間藩や陸軍隊では納得できる生き方が出来なかったから、新選組に来た。
前にそんな話を聞いた事があったのを思い出す。
そんな時だった。
足音が聞こえ振り返るとそこには井上さんがいて、私を見つけるとにこやかに微笑んだ。
「……ああ、千尋君。ここにいたんだね」
「井上さん、どうかされましたか?」
「トシさんがね、夕餉は要らないと言うんだ。昼も抜いているから、食べるように言ってきてくれないかい?君の言うことなら、トシさんは聞くからね」
「……わかりました。それじゃあ、千鶴と相馬君。私は行くね」
「うん」
「土方副長の説得、頑張ってくださいね。雪村先輩」
私は歩き出す前にもう一度屯所の門の方へと視線を向けた。
もう姿が無い、斎藤さんと平助君の背中を探すように見ていたが勿論そこにはもう彼らはいない。
(寂しくなるなあ……)
目を少しだけ伏せて、私は門に背中を向けてから土方さんの部屋へと向かったのだった。