第8章 軋み【土方歳三編】
そんな中で土方さんは眉間に皺を寄せながら、厳しい表情をして伊東さんを睨み付けていた。
すると伊東さんはゆっくりと立ち上がりながら、私の方へと近づいてくる。
「貴方は土方君の小姓として優秀な働きをしていた。どうかしら、私の小姓にならないかしら?それに貴方は剣術がかなり使える方とお聞きしたわ。私も指導してあげれるし、貴方を前から指導している斎藤君もこちら側にいるの。悪い話じゃないと思うけれども……」
「待ってくれ、伊東さん。悪いが他の隊士を連れていくのは目を瞑るが、そいつを連れていくのは許さねえ」
土方さんは伊東さんを睨み付けながらそう言い放った。
そんな彼を見ながら伊東さんは小さく笑うだけで、直ぐに私の方に視線を向け直す。
「行くか行かないかを決めるのは、雪村君ですわ。で、どうかしら?」
新選組から出ていくつもりは無い。
ここでは沢山お世話になり、それにまだ父様を見つけれていないのだ。
しかも私は新選組の秘密を知っているのだから、土方さん達が許すはずがない。
「私は土方さんの小姓ですので、伊東さんの小姓にはなれません。ご好意は嬉しいですが……申し訳ありません」
「……あらそう、それは残念ね。でも、もし気が変わったら言ってくださいな。その時は御陵衛士に喜んで出迎えますからね」
「……ありがとうございます、伊東さん」
断ったけれども、伊東さんは上機嫌だった。
機嫌が悪くならなかった事に、少しだけ安堵していると伊東さんは斎藤さんと平助君の方へと視線を向ける。
平助君と斎藤さんはただ黙っていた。
何も言わず、ただ静かに座っていて、平助君に至っては私から視線を逸らしている。
「それでは、斎藤君と東堂君。屯所を出る準備をしましょうか」
「はい、伊東参謀」
「……おう」
「では、御機嫌よう」
そして伊東さん達は広間から去っていった。
残された私たちは何も言わず、ただ沈黙しているだけだったが、沖田さんが立ち上がりそれに続いて永倉さんと原田さんも立ち上がる。
「さあて、僕は部屋に戻ろうかなあ。そういえば千尋ちゃん、今日は炊事当番だったよね?葱は出さないでね」
「…はい」
「くそっ!平助と斎藤の野郎、何も言わずに!!腹が立つ!」
「ああ、本当にな」
彼らを見ていた井上さんは悲しそうに眉を下げていた。