第8章 軋み【土方歳三編】
「行ったな……」
小さく呟いてから土方さんは抱き寄せていた私を離してから、少しだけ身を引いた。
そして、彼は私を見てくるので慌てて顔を下に俯かせる。
今、私は絶対顔が赤くなっている。
こんな顔を土方さんに見せることは出来ないし、見せてしまったら彼を困らせるかもしれない。
「……悪かったな」
「い、いえ!ま……まさか伊東さんが居られるなんて思っていませんでしたね!」
「ああ。もしかしたら、この辺で伊東一派が彷徨いてるかもしれねえから、さっさと小間物店に行ってから別宅に戻るぞ」
「わ、わかりました」
その後、私達の間にはなんとも言えない空気が流れていた。
土方さんも特に何も言わず、私はさっき事が今も恥ずかしくて言えない状態。
(まさか、また土方さんに抱きしめられるなんて……。しかも、またあんな言葉を聞くなんて)
思い出しただけでまた顔が赤くなりそうで、慌てて思い出さないようにと顔を左右に振ってから、違う事を思い浮かべた。
その後、小間物店にて針と糸を土方さんに買ってもらい、私達は別宅へと戻った。
丁度、千鶴と相馬君も戻ってきていて、土方さんは相馬君に伊東さんの事を話して、私と千鶴は着替える為に部屋へと入った。
「千尋、さっき土方さんから伊東さんと遭遇したって聞いたけど大丈夫だった?」
「うん。私は顔を見られなかったら大丈夫だったよ……」
伊東さんの事を話した瞬間、土方さんに抱き寄せられた事を思い出してしまった。
そして、一気に顔が熱くなっていき、私の顔を見た千鶴は目を見開かせた。
「どうしたの千尋!?顔、真っ赤だよ!」
「な、なんでもないよ……なんでも、ない」
「ほ、本当に?」
「……うん」
流石に、千鶴には言えなくて私は咄嗟に嘘をついた。
だって言えるわけない……土方さんに伊東さんに顔を見せない為に抱き寄せられて、【惚れられたら困る】とか【良い相手】と言われたなんて……。
その日、私は全く寝られなかった。
ご褒美の日だっけれども、なかなか恥ずかしい思いをした日でもあったーー。