第8章 軋み【土方歳三編】
「いや、似合ってるぜ。そこは心配するんじゃねえよ」
土方さんは柔らかい笑みを浮かべた。
その笑みに少しだけ目を見開かせていた時である。
「あら、そこにいるのは土方君かしら?」
聞き馴染みがあり、今ここで聞きたくなかった声が、私の背後から聞こえてきて、土方さんは眉間に皺を寄せて小さく舌打ちをした。
そして私の腕を掴むと力強く引っ張ってくる。
「きゃっ!?」
強く引っ張られてよろけたが、直ぐに土方さんに抱き寄せられてしまう。
あの日の夜と同じく、土方さんに抱き寄せられて視界には土方さんの着物の柄で埋め尽くされた。
「あらあら。もしかして逢い引きの最中だったかしら?お邪魔しちゃったかしら」
「まあ、お邪魔って言ったらお邪魔だな。あんたは、ここで何してるんだ?伊東さん」
「少し用事がありましてね。それにしても、土方君に良い人がいるなんて思いませんでしたわ。どんな女性なのかしらねえ?鬼の副長と呼ばれる君の、良い人は」
伊東さんの言葉に思わず肩が跳ねた。
もし、ここで顔を見せたらきっと私だとバレてしまうし、女ということがバレてしまうかもしれない。
絶対に伊東さんに顔を見せられないと焦っていた。
どうしよう……そう悩んでいれば、土方さんは更に強く私を抱き締めてきた。
背中に感じる土方さんの腕は、少し骨ばっていて力強く感じる。
「悪いな、伊東さん。こいつがあまりにもいい女だから、あんたには見せられねえんだ」
「……え!?」
土方さんの言葉に驚きの声を出せば、【静かにしていろ】と小さく小声で囁かれて、慌てて口を閉じた。
「あらあら。そこまで土方君がご執心だなんて、余程良い相手なのねえ」
「ああ、いい女だからな。あんたには見せられないんだ。惚れられたら困るからな」
心臓が強く鳴り出し、顔が熱くなっていくのが分かる。
土方さんの言葉にどんどん恥ずかしくなってしまい、唇を噛み締めながら、思わず土方さんの着物を握ってしまった。
あの宴会の夜と同じ。
土方さんが友平様に【自分の女】と言った時と似た状況で、私は恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
「まあ、そこまで土方君を惚れさせるなんて。何時か、彼女の顔を見てみたいものですわ。では、私はお邪魔みたいなのでここで失礼しますわ」
「……ああ」
去っていく足音が聞こえてから暫くして、土方さんは何回目かのため息をはいた。