第8章 軋み【土方歳三編】
ゆっくりと手を撫でられて背筋が粟立つ。
徳利を手を、両の手でゆっくりとゆっくりとまるで味わうかのように撫でられた。
「あ、の……」
「可愛らしいなあ……。本当に若い頃の妻そっくりだ」
友平様の目を見れば、その目には色欲が滲み出していてその目に恐怖を覚えた。
脳が警鐘を鳴らしているが、この場で逃げてしまえば近藤さんや土方さん、そして八郎お兄さんにまで……新選組の顔に泥を塗ってしまう。
でも、怖い……友平様の手と目が怖い。
どうしようと悩んでいる間も、友平様は私の手を撫でから色欲の滲んだ目で見てきた。
そして、段々と体が震え始めた時だーー。
「千尋」
「……え、あ……はい!」
土方さんに突然名前を呼ばれ、驚いて思わず体が跳ねてしまう。
慌てて振り向けば、土方さんが機嫌悪そうに顔を歪ませていた。
「幹部の奴らにも酒を注いでやれ」
「あっ、はい!」
慌てて立ち上がると、私は幹部の方々がいる場所へと向かう。
その途中、ふと私は土方さんに名前で呼ばれた事を思い出した。
(……土方さんに、名前で呼ばれるの初めてだよね)
普段は【雪村】や【雪村妹】と呼ばれている。
それに、今は苗字で呼べない状態だから仕方ないとは言え、名前を呼ばれた事に驚いてしまった。
同時に、何故か頬が熱くなっていくのを感じる。
(名前なんて、他の方にいつも呼ばれてるのに)
それなのに、何故か土方さんから呼ばれた時だけ、私はなんだか今まで知らなかった気分にさせられた。
不思議な気分のまま、原田さん達の元に避難するように座る。
「大丈夫だったか、千尋」
原田さんは心配そうに眉を寄せながら、友平様に声が聞こえないように小声で声をかけてきた。
「はい、なんとか……。土方さんのおかげで、避難出来ました」
「たく。あのおっさん、千尋に対して下心出しまくってるじゃねえか」
「あの様子じゃ、千尋の事をかなり気に入ってるな。もしかしたら、一目見た時からかも」
「まじかよ……。まあ、今の千尋ちゃんは何時もより可愛いからな」
そんな会話を聞いていれば視線を感じた。
舐められるような気持ちが悪い視線であり、その視線を辿ると、友平様が私を見ている。
直ぐに視線を逸らした時、原田さんが声をかけてきた。
「見ろよ、千尋」
「……え?」