第8章 軋み【土方歳三編】
「……ごほん!こちらは千尋さんと千鶴さんです」
近藤さんは悩んだ末に苗字は伝えずに、名前だけを彼に伝えた。
すると奥詰の御仁は『ふむ』と言葉をこぼしながら、何度か頷いて見せる。
「とても美しい名前を持つ女性たちだな。今宵は、楽しい宴になりそうだ」
「そうなると嬉しいですな!では、早速宴を始めましょう!」
そうして、宴が始まった。
幕府の奥詰の地位に立つ、友平時尚様は広間の上座に座られ、近藤さんと土方さんは彼の両脇に座る。
幹部の方々や八郎お兄さんもそれぞれ座り、私と千鶴も友平様の両隣に座った。
私の横には土方さん、千鶴の横には近藤さんがいる。
何かある時は近藤さんたちがどうにかしてくれるかもしれない……そう思いながら徳利を手にすれば、目の前にお猪口が差し出される。
「注いでもらえるかね?」
「は、はい……」
お酌をする事はこれが初めてだ。
父様はお酒を呑まれる人じゃなかったから、知識程度にあったお酌をする。
「やはり、美しい女子に酌をしてもらうのが一番だな!それも、君のような美しい女子だと」
友平様は、また私を舐めるかのようなじっとりした目で見てくる。
その視線は背筋を震わせるようなもので、少し嫌な気分だけども、千鶴に向けられなくてよかったと安心した。
「いやはや、まさか友平殿が我ら新選組にご興味があるとは思いもしませんでした」
嫌な視線だなと思っていれば、近藤さんが友平様に声をかけたことにより、その視線は私から外された。
その事にほっ……としながらも、横にいる土方さんの方へと視線を向ける。
(お酒、呑まれてる……)
あまりお酒は好きじゃない。
そう言っていた土方さんだが、友平様がいるからかちびりちびりとお酒を呑まれていた。
「……土方さん、お注ぎしましょうか?」
「……ああ、頼む」
断られるかと思っていれば、土方さんは空になったお猪口を差し出してきた。
ゆっくりとお酒を注ぎ、お猪口がお酒で満たされると土方さんはそれを少しづつ飲んでいく。
そんな彼を見ていた時だ。
「千尋殿、だったかな。注いではくれぬか?」
「あ、はい……!」
声をかけられて、慌てて友平様にお酌をする。
すると、徳利を持っていた手に友平様の手が触れてきて突然撫でられた。
「……っ、あ、あの……っ」
「本当に美しい女子だ。若い頃の妻に似てもいる」