第7章 混沌【土方歳三編】
懐かしそうに話す土方さんの表情は、何時もより柔らかいものだった。
目も優しく細められて、声も何時もより優しい気がする。
「道場の経営もかつかつで、雨漏りはするわ、隙間風は吹き込むわの、ひでえ有様だったが……。絶対にここで終わりゃしねえ、近藤さんをひとかどの人物にしてやるって思ってたもんだぜ」
「そう、だったんですか……」
「……なんだ、もしかして俺たちにそんな時代があったなんて想像できねえか」
「え、あ、はい」
「おまえ、馬鹿正直だな」
正直に返事をすれば、土方さんは喉を鳴らしながら笑う、
私が土方さんと出会ったばかりの頃は、彼は既に新選組の副長であり、厳しい生活を送っていたなんて思わなかった。
「……まあ、だが俺もたまに思うよ。薬箱抱えて行商してた俺が、大小差して幕府に仕えるなんて。もしかしたら、長くて幸せな夢をずっと見続けてるんじゃねえかってな」
土方さんは、そう呟くと窓の外で夜空に輝いている星空を見上げた。
眩しそうにしながら、口元には相変わらず柔らかい笑みを浮かべている。
(綺麗……)
月明かりに照らされた土方さんの横顔は、思わずそう思ってしまうぐらいに酷く美しさを感じた。
役者さんみたいのもあるけれど、なんだか儚さを纏っていて、それが余計彼を美しく見せる。
(こういう人の傍には、私のような小娘より……君菊さんんがいると花になるよね)
そう思えばまた、なんだか胸がもやっとする。
引き目を感じながらも、そのもやもやした気分に困惑していれば、隣の部屋からは騒がしい声が聞こえてきた。
「く、苦しい……!左之、もうやめてくれ!笑いすぎて、息ができねえっ!てめえ、俺を殺す気か!」
「馬鹿野郎、てめぇが【やってくれ】って頼んどいて、途中でやめろってのはどういう了見だよ」
「左之さん、最高!もう一回!もう一回!」
彼らの声に混じって、時折千鶴の笑い声が聞こえてきた。
心配していたけれども、笑っている事に安堵したいれば、土方さんが私を見てきているのに気が付く。
「お前は、本当に他人の事で悩んだり悲しんだり嬉しくしたりするんだな……」
「……え?そ、そうでしょうか」
「ああ。姉の事や他の隊士の事もそうだが……俺が仕事をしていれば怒って、悩んでたりすれば一緒に悩んだ表情をしてるしな。ほんと、面白くて訳の分からねえやつだよ、お前は」