第7章 混沌【土方歳三編】
「姿が見えねえと思ったら……、こんな所にいたのか」
「……土方さん」
声が聞こえてきて振り返れば、笑みを浮かべている土方さんが立っていた。
考え事をしていたせいで、ふすまが開いた音が聞こえなかった。
「どうしたんだ?ずいぶん、考え込んだ表情をして。もしかして、ここの料理が口に合わねえか」
「あ、いえ……料理は凄く美味しかったです。ただ……」
「……原田が見た女の事と、姉の事を気にしてんのか。邪魔をした女はお前の姉じゃなければ、知り合いってわけじゃねえんだろ?」
「それは、そうですが……」
表情に出てたのか、それとも土方さんは私の考えている事を見透かしているのか、私が考えている事を当ててきた。
本当に鋭い人だ。
そう思いながら、私は土方さんから視線を逸らして、畳へと視線を落とした。
「姉でもなければ、知り合いじゃない。なら、お前がなやむ必要はねえ。俺たちの問題だからな。それとも、また総司の奴に下らねえ冗談でも言われたのか?」
「……言われたのは千鶴ですが、その……」
「ったく、あいつは……いつまで経っても、あの物騒な冗談をやめやがらねえ。新入り隊士にも悪影響だって、いつも言ってるんだがな」
ため息を吐きながら、土方さんはゆっくりと此方側に歩いてくると私の隣へと腰を下ろした。
その時、土方さんからは微かにお酒の匂いと共に白粉の匂いもして、またモヤッとしてしまう。
これはなんだろう。
そう思いながら、変な気分から逃れるように窓から外の景色を眺める。
「よ〜し、盛り上がってきたな!そんじゃ左之、いつものやってくれ!いつもの!」
「来た来た来た!これがないと、左之さんと呑んでるって感じがしないんだよな!」
「ったく、しょうがねぇな。こんだけ期待されたら、やらねぇわけにもいかねぇか」
「よく言ったれ、そんじゃ姐ちゃん、墨と筆、持ってきてくれ!」
隣からは、永倉さんたちの楽しそうにはしゃいでいる声が聞こえてくる。
その声を聞きながら小さく笑っていると、土方さんは懐かしそうな表情をしていた。
「……変わらねえな、あいつらは」
「……え?」
「江戸で貧乏道場を切り盛りしてた頃、ちょっと金が入るとああやって夜遅くまで呑んだくれてたんだよ。国難に備えて剣術を習いたがる奴は多かったが、うちみてえな芋拳法を教わりにくる物好きはいなくてな」